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文章との出会い、そして私に起きた変化


小学生の頃、私は作文を書くのが大の苦手でした。国語が嫌いということではなく、読書が嫌いだったため、文章を書くことにも興味がなかったのでしょう。

夏休みの読書感想文は憂鬱そのもので、「こんな宿題なんて消えてしまえばいいのに」と思ったこと何度もあります。また、思ったことを言葉にするのも苦手で、内向的な面が優位過ぎて、友達に自分から声をかけるなんて出来ませんでした。


アフィリエイトとの出会いと挫折


それまで働いていた会社を退職し、何か新しいことに挑戦したいと思った時に出会ったのがアフィリエイトでした。文章を書くことが収入につながる仕組みに興味を持ち、意気込んでスタートしたのですが、すぐに大きな壁にぶつかりました。

アフィリエイトは文章を書かないと収入には繋がりません。

書きたいことは頭にあるのに、いざ文章にしようとすると言葉が浮かばない。何を書けばいいのかわからなくなり、手が止まる日々が続きました。そんな状況の中、ようやく文章の書き方を教えてもらう機会に恵まれたのですが、その時初めて、自分が書いた文章の癖に気づいたのです。

私の文章は、
・回りくどくて長い
・シンプルに書けるところを無駄に言葉を並べる
・一番言いたいことを最後に言う
など、読み手のことを全く考えていない独りよがりな文章でした。


メルマガを発行できるようになったけれど…

文章を書く練習を重ねた結果、メルマガを発行できるまでになれたのですが、次に立ちはだかった壁は「感情の表現」です。どんなに事実を正確に伝えようとしても、人の心に響く文章にはなりません。何度も「あなたの感情をもっと出して!」とダメ出しをされ、文章を書くことに自信を失いはじめていたのです。


“エモい文章”との衝撃的な出会い

そんな中、ある日とても美しい文章を書く人に出会います。その人の文章は、ただ読むだけで頭の中に鮮やかな情景が浮かび、心が揺さぶられ、涙がこぼれてしまうほど感動的なものでした。

「これが“エモい文章”というものなのか」
私は初めて、文章が人の心に深く響く力を持つことを体感。その人の文章を読むたびに、書き手が見せてくる世界観に大きく引き込まれてました。

自分の書く文章との違いを思い知らされると同時に、こんな文章を書けるようになりたいという憧れが芽生えました。


文章は「美しい」という概念

その人との出会いを通じて、私の中には「文章は美しいもの」という概念が生まれました。それは今でも変わっていません。単なる情報を伝える手段ではなく、人の心に情景を描き、感情を揺さぶり、共感を生むものです。言葉の使い方次第で、文章は無限の可能性を持つことを知ったのです。

そして、時がたった今、改めて文章を書きたいと思うようになりました。母の介護がきっかけで在宅での仕事を探していました。その時に頭に浮かんだのが「文章を書く仕事」だったのです。

それは、アフィリエイトをやっていた時代に、「自信持ってください!ちゃんと文章書けているので」と言ってもらえたこと。あの言葉がなければ、再びライティングの勉強をしようとは思いませんでした。

誰かの言葉が、誰かの心に響き勇気を与えることがあるのです。


まとめ:私が文章に込める想い

私にとって文章とは、単なるスキルではなく、心と心をつなぐ「美しいもの」です。子どもの頃に作文を嫌っていた私が、今こうして文章を書くことを楽しんでいるのは、その人との出会いがあったからこそ。そして、文章にはまだまだ未知の可能性があると信じています。

これからも、私の文章が誰かの心に響く一文になれるよう、精進していきたいと思います。


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