母親ってすごいと思う
怒涛の2020年を終え,期待の2021年が始まりました。
変化を生みたくて,新しいことを初めて見ようと思います。
その一つとして,noteを投稿してみます。
どんな変化が生まれるかワクワクしますね。
教員をしているので,教育(子育て)の話をしてみたいと思います。
最近教育界で言われていること
いま学校教育では,コンピテンシーなどと言って,”これからの世界”で生きていく,変えていく子どもを育てていこうと日々努力しています。
”これからの世界”とか言うとと,コンピテンシーって,最近出てきた感がするけど,実はそうでもないらしいです。
元々の意味は2つあって,
・相互作用を求めて環境に関わろうとする意欲・態度
・相互作用によって形成された、それぞれの環境に適合した関わりを実行できる能力
ざっくり言うと,物・人・状況に積極的に関わろうとする姿勢と,その適切な関わり方を知っていて,実際にそれを実行できることを指しているのだと思います。
加速度的に変化している世界だからこそ,積極的に関わっていこうとすることって大切だし,ただ関わるだけじゃなくて,適切な関わり方ができないといけない。この考え方って,すごく当たり前のことですよね。
実家で見られたコンピテンシー
親ばかかもしれないけど,コンピテンシーが発揮されているなと思う一幕。
実家で過ごしている一幕。
弊息子と2代おばば様たちとのやり取り。
(”弊息子”って,落合陽一さんが使っていて,いつか使ってみたいと思ってた(笑)。さっそく夢がかなったことに感謝。)
弊息子は,自分に似て,少しばかり不器用。
それでも,ジェンガでドミノを粘り強く取り組んでいて,
上手に並べて盛り上がっていた。
この弊息子の姿は,(自分が苦手なことでも)積極的に関わろうとしているし,適切な関わり方を学んで,発揮している姿だなと思う訳です。
なぜこんな姿が見られたのか?
ここからが本題。
どうして,少し不器用な弊息子がコンピテンシーを発揮したのか?
2代おばば様たちの関わり方がすごかったのだと思うのです。
ルンルンのときには,「いいよ~がんばれ~」
できたときには,「いいね」
あきらめそうなときには,「できるよ」
一緒に考えて,伴走する姿だなと。
これがなかなかできない。先に生きているからこそ,先回りしてしまいがち。
教育の本質を,母親たちの姿から学んだ瞬間でした。
ちなみに最終的に,弊息子はドミノの並べ方を発展させていました。
もし,「こうした方がいい」,「ああしなさい」と指示(指図)していたら,この姿・作品は生まれていたのだろうか????
母親,恐るべし。
最後に
子どもの成長をそばで見れるのって,やっぱり幸せだなと思う。
この実感を日々当たり前にできるような人生にする。
この新しい目標に向けて準備をする2021年にしようと思います。