吉田 健太郎

初めまして。 吉田健太郎といいます。 歴史、特に三国志や戦国時代が好きで、趣味を語…

吉田 健太郎

初めまして。 吉田健太郎といいます。 歴史、特に三国志や戦国時代が好きで、趣味を語るのが大好きです! 「歴史から学ぶ」をテーマに、漫画、アニメ、映画などにも触れながら記事を書かせてもらいますので、少しでも興味を持たれたり、感じるものがありましたら、幸いです。

最近の記事

徳川家康について

こんばんは。 吉田です。 今回は皆さんもご存知の徳川家康について語ります。 家康の凄いところは、学んで、真似ているところです。 家康が今川家の人質だった時に、今川家の重鎮である太原雪斎に「残念ながら、あなたは天才ではない。だから、凄いと思う人や尊敬する人を真似てみなさい」と言われます。 家康は、その言葉に従い、当時最強とされていた武田信玄を尊敬して、真似ていました。 その尊敬していた信玄との、三方ヶ原の戦いでは大敗してしまいますが、家康はこの大敗からも多くを学んだと

    • 項羽と劉邦から学ぶ3

      こんばんは。 吉田です。 今回も項羽と劉邦の、主役たる2人について語ります。 まず項羽ですが、いいとこの出身で、項羽陣営の中枢は家族親戚関係が殆どを占めていました。 信用ができるという点で、血の繋がりを重視するのはいいのですが、項羽の下で成り上がっていっても中枢には入れないというを知り、項羽陣営を離れる人も多かったのです。 対して劉邦は、ろくに働かない遊び人でしたが、妙に人望がありました。 特に何かの能力が高いというわけではないのですが、それゆえに人材は積極的に受け

      • 三国志の司馬懿仲達3

        こんばんは。 吉田です。 しつこくも、また仲達について語っちゃいます。 仲達が凄いのは、孔明を相手にして極力戦わなかったことです。 兵数で有利な魏軍に対して、孔明の唯一の活路は相手が出て来たところを討つことでしたが、仲達はそこを看破して守りに徹していました。 武道でもいえることなのですが、攻め込めば隙ができてしまいますので、守りに徹している相手を攻めるのは難しいのです。 守りに徹するのなんて誰にでもできるって思うかもしれませんが、そんなことはありません。 ずっと守

        • 戦国時代の藤堂高虎について

          こんにちは。 吉田です。 今回は戦国時代に活躍した武将、藤堂高虎について語ります。 1.藤堂高虎とは戦国時代に一兵卒から大名にまで成り上がった人物で、その過程で主君を8度も変えている為、あまり良いイメージがありません。 しかも、その時勢で有利な主君を選んでいたので、最終的に仕えた徳川家でも、よく思われていませんでした。 2.当時の価値観からするとただ、戦国時代の情勢からすると、有利な方に付くのは当たり前のことであり、その見極める力が生き残ったり、成り上がる為に必要でし

        徳川家康について

          封神演義について

          おはようございます。 吉田です。 今回は封神演義について語ります。 残念ながら、原作の方は読んだことがないので、漫画のこちらです! 出典:藤崎竜『封神演義』 1.封神演義とは少年ジャンプで連載していた歴史漫画で、殷王朝の時代に悪政をしていた原因の仙女妲己を筆頭に悪の仙道を封じる為に、主人公の太公望が旅立つお話です。 戦闘では、宝貝(パオペエ)という仙人の道具を使って迫力のあるシーンが展開されます。 2.主人公の太公望基本ふざけてたり、適当だったりと、主人公らしからぬ

          封神演義について

          有名な背水の陣について

          こんばんは。 吉田です。 今日は、有名な背水の陣について語ります。 1.一般的には背水の陣とは、劉邦の配下である韓信が趙軍との戦いで、川を背に陣取って戦うことです。 兵達にとって逃げ場が無く、生き残るには戦って勝つしかないので、必死になって戦うことになります。 このように、一般的には絶体絶命の状況の中で、必死になることを意味しています。 2.実際には実際の戦いでは、確かに韓信軍が勝つのですが、この戦いでの勝因は背水の陣だけでは無かったのです。 韓信は別働隊を組んで

          有名な背水の陣について

          三国志の司馬懿仲達2

          こんばんは。 吉田です。 今回は再び、司馬懿仲達について語ります。 好きな人物のことだと、一回じゃ話し足りませんね。 1.大雨の後の撤退 曹真率いる魏軍が、蜀へ攻め込む途中で、もの凄い大雨が降ったことがありました。 大雨で地面も、持ってきた物資もグチャグチャになってしまい、戦わずに撤退することになってしまったので、曹真を始め魏軍は皆嘆いていたといいます。 そんな中、副官として来ていた仲達は、 「大雨を嘆いても仕方ありません。こうなることを予想できなかった自分の落ち度です

          三国志の司馬懿仲達2

          織田信長と尾張について

          こんばんは。 吉田です。 今回は、有名な織田信長と尾張について語ります。 まず、尾張についてなんですが、現在の愛知県西部でして、信長の出身地になります。 1.尾張の国の人達テレビ番組「秘密のケンミンショー」でもやってるように、県によっても習慣や県民性が違っているように、戦国時代でも国によって人の性格の傾向も違っていました。 尾張は、海に面していて、東海道が通っていることもあり、商売人気質だったようです。 信長自身も例外ではなく、経済感覚が優れていたようです。 ただ、

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          項羽と劉邦から学ぶ2

          こんばんは。 吉田です。 今日は項羽と劉邦で、最後の戦いへ向かうシーンを語ります。 1.広武山での戦い以前の記事でも語りましたが、この時代では兵を食べさせていくことがとても重要です。 食を重視している劉邦は、豊富な食料を蓄えている広武山に立て篭もり、1年余り籠城戦をしていました。 普通の籠城戦では城側が飢えるのですが、ここでは豊富な食料を蓄えている劉備軍が腹一杯食べていて、食の準備ができていない項羽軍が飢えるという珍しい状況になりました。 軍の強さや勢いは項羽軍が圧

          項羽と劉邦から学ぶ2

          三国志の曹操から学ぶ

          こんばんは。 吉田です。 今回は三国志の魏のトップ、曹操について語ります。 1.曹操とは曹操は三国志での3つの国のうちの1つ、魏を建国した人物です。 政治、軍略だけでなく、詩を作ったりもしていて多才だったと言われています。 また、英雄色を好むと言われるように、曹操も女好きでした。 彼は人材を集めるということを大事にしていて、募集したり、勧誘したり、敵から引き抜いたりと、あらゆる手段で集めました。 その甲斐あって、彼の死後も魏の国には優秀な将が多く、呉や蜀を苦しめていま

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          項羽と劉邦から学ぶ

          こんばんは。 吉田です。 今回は、項羽と劉邦について語ります。 項羽と劉邦とは、キングダムより少し後の時代に中華の覇権を争った2人の名前です。 最初は、共に秦の国の打倒を目指して戦った同志だったのですが、秦を倒した後にお互いの国を持って治めるのですが、後に争うことになります。 この時代の面白いところは、食なんです。 美味しい物を食べるということではなく、兵糧や兵站という意味ですね。 1.リーダーに必要な資質この時代のリーダーに求められるのは、兵達を食わしていけるこ

          項羽と劉邦から学ぶ

          関ヶ原の戦いで大谷吉継がカッコいい

          こんばんは。 吉田です。 今日は関ヶ原の戦いで西軍に属して戦った、大谷吉継について語ります。 1.石田三成との友情 彼は豊臣家の大名で、あの豊臣秀吉からも認められています。 病を患っていて、崩れた顔を隠すために白い布を覆っていたと言われていて、ドラマやゲームで登場する時は、非常に目立つ格好をしています。 共に豊臣秀吉に仕えていた石田三成とは仲が良く、徳川家康と戦うことを決意した三成に対して、無謀であると反対したものの、最後は一緒に戦うことにしました。 自分が成り上が

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          三国志の司馬懿仲達

          こんばんは。 吉田です。 今回は、三国志の中で一番好きな、司馬懿仲達(以下仲達)について語ります。 仲達について簡単に紹介しますと、魏の国の軍師であり、有名な諸葛亮孔明(以下孔明)のライバルとして知られています。 ただ、残念なことに、「死せる孔明生ける仲達を走らす」の言葉が表すように、孔明に負けた人というイメージがあるんです。 ただ、その言葉のイメージだけで彼の魅力を知らないのは勿体ないと思います。 1.孔明からの評価 さて、仲達をコテンパンにやっつけたと言われて

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          漫画「キングダム」から学ぶ

          おはようございます。 吉田健太郎です。 前回ちょっと硬かったかなあと思ったので、今回は漫画のキングダムについて書かせていただきます。 連載中ですし、ネタバレを防ぐために、序盤の方の内容にしますね。 1.キングダムとは 引用:週刊ヤングジャンプ公式サイトより 中国の春秋戦国時代を舞台に、主人公の信が秦の国の王、嬴政(えいせい)と共に中華統一を目指して、下僕から成り上がっていく歴史物です。 敵味方問わず、沢山のキャラが登場して、その出会いと別れの物語でもあります。

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          三国志の名場面「三顧の礼」についてと、そこからの学び

          こんばんは。 初の記事となる今回は、三国志で有名な「三顧の礼」について語ります。 三顧の礼を簡単に言うと、「目上の人が下の人に三度も出向く」ということです。 そこにどんな意味があって、その結果どうなったのかということを、僕なりの視点で書いてみます。 ・目上の人が格下の人に まずは出向いた人と出向かれた人を。 出向くのは、40代で関羽や張飛を始め沢山の配下を持っていた劉備。 出向かれるのは、20代でまだ名も売れていない諸葛亮。 社会的に見れば、劉備が諸葛亮を呼びつ

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