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フォークロアな音楽・新しい室内楽② Allaudin Mathieu - ジャズ、クラシック、インド古典音楽を統合した透明な音楽
フォークロアな音楽/世界のあたらしい器楽・室内楽を取り扱うお店、
Record Shop NRT。
神奈川県の大磯という海辺にある静かな町の、そのまた静かな住宅街のさなかに、この店はあります。
室内楽といっても西洋クラシックのみにとどまらず、
アルゼンチン、ブラジルのフォークロアな音楽、
ジャズやブルースとも並べて聴きたいモダン・アメリカンな音楽、
ポルトガル印象派、日本の国民楽派。
一部のジャズ~80年代ECM等々をひっくるめて、
現代の耳にフレッシュに響くサウンドを紹介しています。
一般的にはまだまだ知られていない音楽が多く、
来てくださった方から、こんな声を日に何度もいただくことにもなりました。
「ディスクガイド本を作ってほしい」
「コンピレーションCDがほしい」
「プレイリストはありませんか」
そんなわけで、とにかくまずは聴いてもらえるもの、
きっかけになりそうなものを少しずつ紹介していきたいと思います。
Allaudin Mathieu - 透明さと深い独自性
アラジン・マシュー(W. A. Mathieu、Allaudin William Mathieuなど、その都度アーティスト表記が変化するため、ここでは一番シンプルなものに統一します)、1937年アメリカ・オハイオ州出身で、その後は長くカリフォルニアを拠点としているピアニスト・作編曲家の音楽を紹介します。
サウンドのベースとなるものは、ジャズとクラシックのピアノ音楽。
でももしかすると、その二つのジャンルに親しみつつ、
どちらのメインストリームにも今一つ馴染むことのないリスナーにとって、福音のように響く音楽かもしれないという予感を持っています。
たとえば。
ジャズのサウンドが好き。
でも、儀式のように各メンバーのアドリブを順繰りにまわして、演奏者の自我を振り回すような演奏に付き合わされるのが苦手、、
あるいは。
クラシックの楽曲観にとても興味がある。
けれど、作曲者の意図と譜面に寸分たがわず、ミスひとつ許されないという張り詰めた雰囲気、音符を置きにいくような堅苦しい演奏、咳一つ許されぬというコンサートホールの空気が耐えられない。
そんな風に思ったことのある人も多いのではないでしょうか。
自分が自分のままにリラックスしてーーその瞬間の生を感じ肯定しながら、純粋に「聴くための音楽」に身を浸すということは、意外と簡単ではなかったりします。
それぞれの音楽ジャンルには、各々の様式、時代や場所が要求するルールやしきたりがあるからで、いちリスナー、ユーザーもそのことと無関係ではいられないからです。
翻って、たとえば海や森に足を踏み入れた折、その環境が持つさまざまな音に接して心からの安堵を覚えた経験はないでしょうか。
そこには特別なルールやしきたりといったものは存在しませんし、このようにしてただ音楽に包まれたい、我を忘れる時間を過ごしたいと思うのです。
以上はあくまで例えではあるのですが、そのような体験、自然現象に近いものとして、音楽を聴きたいという欲求があります。
ここに紹介するピアニスト、作編曲家、教育者でもあるアラジン・マシューの音楽は、まさにそんな音楽ではないかと思うのですーージャズ、クラシック、インド古典音楽などを統合しながら、目の前の自然に耳を澄ます人のような心持ち、ニュートラルで自由なサウンドを紡いでいる音楽家ではないかと思います。
1stアルバム『Streaming Wisdom』、2ndアルバム『In The Wind』 2 in 1
最初に個人的な見解を述べましたが、これらのことに意味があってもなくても、音楽そのものの価値は全く別のところに存在しています。
ですので、まずは何よりアラジン・マシューの音楽に耳を通してみてください。
とはいえ冒頭に書いたことが、全くのでっちあげというつもりはありません。
優れた音楽家であるだけでなく、作家でもあるアラジン・マシューの著書『大きな耳』(創元社)、原題 "THE LISTENING BOOK" を読めば、この音楽家がどのように音楽と向き合ってきたかが伝わるはずです。
この本は、音楽と創作にまつわる本ではありますが、そのほとんどを「いかに聴くべきか」ということにフォーカスしているのです。
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「聞く」ではなく「聴く」と書いているのは、音に対してより能動的に意識を向けることが、この本のなかで繰り返し語られているからに他なりません。
音楽には、じっさいには聴く訓練、耳を開くトレーニングが必要だと彼は述べています。
打ったり叩いたりする行為のなかに「聴く」ということをもって初めて、音楽になる、音楽として感じられるというわけです。
そしてその対象は、自然音や生活音、そして自身が出す呼吸や鼓動に始まる音にも向けられています。
アラジン・マシューは、こうしたことを観念的なものとして語るのではなく、あくまで実践者として、生活に近い視点から平易な言葉で語っています。
この本では後半に進むにつれて、演奏家の心得に触れたページが増えていくのですが、それはどのように手指や喉を動かすかということではなく、聴くこと、つまり音を発見することについてのヒントやエピソードといったものから離れることなく、この視点にいつでも回帰していきます。
「発見しようとする情熱によって、きみは透明になる。その透明さのなかで自分の深い独自性が見えてくる」
<オリジナリティ>と題する章で、マシューはこう書いています。
透明でピュアな輝き、発見への情熱と官能を、彼の音楽からいつも感じることができます。
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アラジン・マシューが発表しているアルバムには、現時点で12枚のリリースがあるようです。
いずれも聴き応えのあるものばかりですが、個人的にお薦めしたいのは、1981年から87年までにリリースされた最初の4作品。
いずれも自身のソロピアノ演奏を軸とした、オリジナル楽曲によるアルバムです。
『Streaming Wisdom』(1981/Cold Mountain Music)
『In The Wind』(1983/Cold Mountain Music)
『Listening To Evening』(1985/Sona Gaia Productions)
『Available Light』(1987/Windham Hill Records)
自然にまつわる「Wind」「Hill」「Moon」「Noon」、
あるいは「Light」「Delight」「Dark」といった光と影に関する言葉が楽曲のタイトルに頻出しますが、
レコードに針を乗せた途端、室内に自然の気配が漂い、空気が浄化される感覚が満ちていくような音楽です。
思い起こせば、ぼくがその音楽と出会ったのも、渋谷の「Bar Music」にて『Available Light』を、そして鎌倉のワインバー「時間」で『Listening To Evening』を耳にしたことがきっかけでした。
心落ち着く瞑想的なサウンド、それでいて感性が高まるような官能性もこの音楽は併せ持っています。ワインの味を一段も二段も引き上げてくれるような音楽で、バーでかかっていて欲しい音楽としてもこれ以上のものはなかなかないだろうと思います。
多様な接点を持つ音楽ーーテリー・ライリー、スワヴェク・ヤスクウケ。ジャズ、インド音楽、ポスト・クラシカル
アラジン・マシューの音楽をどのようなリスナーに薦めるかと考えたとき、共通点のある音楽家の名前二つがすぐに浮かびますーー。
まずは、アメリカ現代音楽界を代表する音楽家、テリー・ライリー。
ジャズやクラシカル、インド古典音楽を消化した、ポスト・クラシカルの源流として、この二人の音楽を捉えることも可能かと思います。年齢も2才違いと同世代の二人ですが、マシューはライリーのことを「メンター」として、アルバムのライナーノーツで謝辞を述べています。
1950年代終盤~1960年代の初頭には、スタン・ケントンやデューク・エリントンのアレンジや作曲を手掛けたマシューと、ジャズ・スタンダード集のリリースもあるライリーには共通点が多く、ともにインド古典音楽のパンディット・プラン・ナートを師としている点も重要といえそうです。
ライリーは作品ごとに表現の幅が広い音楽家で、どの作品をとっても共通しているといえるタイプのアーティストではありませんが、とりわけ1969年リリースの代表曲「A Rainbow In Curved Air」と、マシューの初作である『Streaming Wisdom』のいくつかに、プレ・エレクトロニカ的な萌芽、ポスト・クラシカルと呼ばれるサウンドの先鞭をつけるものであったと感じられる瞬間が多くあります。
さらにマシューの、モーダルで反復を多用した作風は、現代ポーランドのピアニスト・作曲家、スワヴェク・ヤスクウケの音楽に近しいものだと感じます。
彼のピアノソロ作品に共通している、ポスト・クラシカル的楽曲観とサウンド、それでいてエフェクターの使用を徹底的に排除し、生楽器と生演奏へのこだわりから生み出されるさざ波のようなサウンド。
その一音一音の響き、一粒の美しさに惹かれる人には、アラジン・マシューの音楽をぜひ聴いてほしいと思います。
マシューは他にも、エジプトのウード奏者・歌手ハムザ・エル・ディンにも師事していたりと、掘り下げたいエピソードが色々とあります。
インターネット上ではアーサー・ラッセルに作曲を指南した旨の記述も見かけましたが、出所不明のためこれ以上は触れず、今後また改めて調べてみたいと思います。
◆
さて今回も長くなりましたが、この文章をきっかけに、アラジン・マシューの音楽と出会うきっかけとなれば幸いです。
その素晴らしい音楽に見合わず、日本では現状あまり有名とはいえないピアニストかと思いますが、それには彼がWindham Hill Recordsからのリリースがあるために、二ューエイジ系アーティストというカテゴライズをされてきたことの影響が大きいと思います。ジャンル横断的なその音楽の実情が、現住所としてのカテゴリーを不明にし、その音楽を潜在的に必要とされるリスナーにまでなかなか伝わりづらかったのではという感じがします。
ところが近年のニューエイジ再評価によって、ようやくマシューの音楽への風向きの変化、注目度が高まってきていることを歓迎したいと思います。
じっさいにその音楽は、アンビエント・フォーク、ジャズ・ピアノ~コンテンポラリーなピアノ作品を探しているリスナーからすこぶる評判が良いのです。
SALO / Record Shop NRTの店頭でも、ストアプレイのたびに「これ何ですか」という問い合わせが多い音楽だったりします。
次の週末、大磯へぜひ聴きに来てください。
店舗情報
Record Shop NRT
@ SALO (神奈川県中郡大磯町大磯1665-2)
営業日:不定期/第1・2・3 土日を中心に
詳細はSALO hp、Instagramにてご確認くださいhttps://www.mynameissalo.com/
https://www.instagram.com/salo_oiso/
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2-3Fに録音スタジオ、1Fに食堂/レコードショップ/etcを兼備
SALO 1Fでは、地元・西湘素材の美味しい料理、ナチュラルワインやクラフトビール、シングルオリジンコーヒーを提供しています。
レコードまたは飲食のどちらかだけでも、気軽にご利用ください。
第1・2・3週の土日を基本に営業していますが、
2-3月は変則的です。
詳しくはSALOのカレンダー、インスタグラムをチェックしてください!
https://www.mynameissalo.com/
https://www.instagram.com/salo_oiso/
ランチの定番、西湘素材の魚のフライとサラダのプレート
コーヒーやナチュラルワインのグラス提供もあります
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週末の散策にぜひ