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林文子は本当にハコモノ行政をやったといえるのか?

朝日新聞が,「庁舎に劇場構想…ハコモノ新設,突出の横浜 財政は悪化」と題する記事を公開している.8月22日選挙を見据えてのことだと思う.その記事の要旨は,

1. 2019年の住民一人あたり普通建設事業費で横浜市の新設事業費が人口100万人以上の政令市中最多であること
2. 林市政後普通建設事業費は膨らまされてきた

この2点をもって林市政がハコモノ行政的であったという評価を行っている.
しかし,これは「妥当な分析」といえるだろうか.ちょうど,政令市20市の性質別経費に関する住民一人あたり支出のデータセットを作っていたので,投資的経費を材料にこの分析の妥当性を考えてみたい.
結論を先取りすると、簡便な分析ながら、記事にはない次の3点が指摘される。

1. 特定財源を入れた総額での一人あたり額において,横浜市が突出して大きい箱物行政を行ったという根拠は乏しいであろう
2. 自由裁量性の高い一般財源に基づく投資的経費はたしかに横浜市が平均よりも相対的に大きく,横浜市において他市よりもハコモノへの支出が大きい根拠はある
3. しかし,2を林市政が先導して行ったという評価はできず,むしろ傾向的に横浜市の一般財源等投資的経費は林市政以前から高く,かつ,むしろ一般財源による投資的経費は林市政以後低下傾向であった
ことが示されたと言える.

まず,記事で示される一人あたり普通建設事業費の都市間比較をみると,実はその差は極めて小さい.差の小さい中で,仮に横浜市が2位,あるいは項目においては1位であるとしても,それが「問題となるほどの大きな差」なのか,あるいは「誤差」の範囲なのかはこの記事からだけではわからない.
そこで,記事で用いているデータとやや異なるが,決算統計の投資的経費を用いて,横浜市の差の大きさを考えてみたい.

また,記事では財源についても十分議論されていないが,自由度をもとに差配する一般財源からの投資的経費の増加と,国の補助などを使って増やされる特定財源による増加とを本来は分けて議論する必要があるだろう.
そのため,ここでは決算統計合計(一般財源等+特定財源)と,一般財源等により支出された「投資的経費の一人あたり支出の推移」を,全体平均と平均±標準偏差の帯域との距離から見てみることとしたい.


投資的経費の一人あたり額

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この図からみると,たしかに横浜市,名古屋市,大阪市の3市の中では,横浜市の一人あたり投資的経費は3市中最大であり,突出感が際立って見えるかもしれない.しかし,横浜市の水準は政令市20市平均のなかでは概ね平均か,ないし平均以下であることのほうが多い.これは,林政権下あるいは,林政権前もほぼ動揺の傾向である.

なお灰色の帯は政令市平均に20市平均の標準偏差の±が加えられた帯域を示している.つまり,この範囲を各市の線がはずれる場合は,その市の水準が全体に対して大きくハズレていることを示している.

2014年以降,平均値を上回る時期も存在するが,これも標準偏差の枠内にとどまっており,横浜市の一人あたり投資的経費が「突出して大きい」根拠とは言い難い.どちらかというと,平均からみて誤差の範囲と見て良いだろう.

また,2009年度以前の林政権前の水準は,その後の林政権での2014年度までの水準よりも概ね1万円程度高く,林政権後に即座に膨張的な財政運営がなされたわけではない.2017年時点の水準はある意味で林政権前のとうして経費の水準に戻っただけとも評価できる.

また,名古屋市や大阪市においても投資的経費は短期的に増加する時期もあるため,ここからも横浜市の特殊性を議論することは不十分であることが指摘できる.


一般財源等に限った投資的経費の一人あたり額

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続いて,自治体により歳出の裁量制,つまり基本的に自由に差配してもよい予算である一般財源に基づく投資的経費の一人あたり額を表す図から説明を試みよう.そうすると,ここでは横浜市の水準は平均値+標準偏差を超えており,相対値としても投資的経費,つまりハコモノへの支出水準が他の都市と比較して大きいことが示されている.
やはり,林市政はハコモノ行政を推し進めてきたのであろうか.しかし,よく注意してみると横浜市の一般財源等を財源とした投資的経費の一人あたり額は,林政権以前から標準偏差の幅を超えており,かつ,以前のほうが一人あたり支出の水準は大きかった.これは,林前政権のほうが,より多くの自由裁量財源を投資的経費につぎ込んできたことを示すものといえる.

この論考により,概ね次のような暫定的考察が行えるであろう.

1. 特定財源を入れた総額での一人あたり額において,横浜市が突出して大きい箱物行政を行ったという根拠は乏しいであろう
2. 自由裁量性の高い一般財源に基づく投資的経費はたしかに横浜市が平均よりも相対的に大きく,横浜市において他市よりもハコモノへの支出が大きい根拠はある
3. しかし,2を林市政が先導して行ったという評価はできず,むしろ傾向的に横浜市の一般財源等投資的経費は林市政以前から高く,かつ,むしろ一般財源による投資的経費は林市政以後低下傾向であった
ことが示されたと言える.

データはe-Stat
『地方財政状況調査』「性質別経費の状況」DB
『住民基本台帳に基づく人口,人口動態及び世帯数調査』
より,筆者作成のデータセットより構築した.

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