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カイロ大学声明の本質②ーカイロ大学の権力と腐敗の構造

カイロ大学は、日本人が一般に想像するような大学では決してない。
軍事独裁政権の支配下にある国家機関である。

国会や省庁、裁判所、軍隊のように、国家の正式な統治機構の一部に組み込まれている。

そして事実上、カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは、泣く子も黙るエジプト軍・情報部である。

大学といえば”学びの園””学問の自由”といった平和な生ぬるいイメージから理解しようとすると、本質を見誤る。

実際、小池氏の取得した単位や試験結果、成績表などの学業実態などが記録されている「学生ファイル」の取材に大学事務局を訪れたところ、通されたオフィスに現れたのは、陸軍の軍服を着た人物だった。

3人が同席し、1人は大佐のバッジをつけている。小池氏の「ファイル」は軍事機密なのだ。カイロ大学の”卒業生”のことなのに、「彼女のことならカイロの日本大使館に行って聞け」と横柄な態度であしらわれた。

軍事法廷や軍事監獄に連行されてはかなわない。おとなしくオフィスをあとにしたが、少なくとも、大学の管理を掌握するトップクラスの軍人が小池氏の状況を認識していた様子は垣間見えた。軍人が大学にいるのは不自然に思われるだろうが、軍幹部が大学の管理職の要職を独占しており、学びの場は軍の兵舎と化しているという現実がある。

もっと詳しくいえば、軍・情報部をトップに、エジプト版CIAである総合情報庁や、内務省の治安部隊=国家憲兵である国家安全保障局が傘下にあり、両者が派閥争いをしながら大学を統治する多層構造になっている。

さらに実態をいえば、両官庁にも軍人・情報部員が天下り、結局のところ、全権を掌握しているのは軍・情報部だ。

その頂上にいるのが、軍事独裁政権トップのシシ大統領である。カイロ声明を発表した学長のみならず、各学部長でさえ大統領に任免権があることは、エジプト・アラブ共和国大統領令1972年第49号「大学組織法及び施行規則」(2014年改正)で定められている。

学長・学部長の任命は、学術的に優れているからとか、大学人として指導力があるといった理由ではない。

「大学の発展プロジェクトに照らして、共和国大統領の決定により任名される」

エジプト・アラブ共和国大統領令1972年第49号「大学組織法及び施行規則」(2014年改正)
第25条

そもそもカイロ大学の位置付け自体も、「専門家を国に提供し、社会主義社会の建設及び強化、祖国の未来の形成に貢献する」と第1条にあり、大学そのものが国家プロジェクトなのだ。

カイロ大学を貶める報道は、エジプト国家そのものへの攻撃と同じである。日本メディアへの圧力など、何ら驚くべきことではない。実際、脅しの効果は抜群だった。

小池都知事の反対勢力である都議会自民党は声明発表の翌々日、「小池氏のカイロ大卒業の証明を求める決議案」を取り下げた。

その理由として、川松真一朗都議は

「声明直後に決議を出せば、僕らはエジプトと闘うことになる」

「日刊スポーツ」2020年6月10日

と語ったが、まさにエジプト側の思うツボである。

川松氏は「間違ったメッセージのようにとらえられかねず、冷静に判断した」と続けるが、それは脅しに屈した者が発する常套句そのものだ。

現地メディアが報じたとおり、まさに「危機に瀕する東京都知事を救うための介入」に成功したのだ。

学長レターが声明の下敷き

そうはいっても、声明の主体はカイロ大学ではなく、小島氏の告発にあるように小池都知事が依頼した側近のジャーナリストA氏が書いた作文ではないか。そう疑問を持つ読者もいるだろう。

仮に、ジャーナリストA氏がゼロから書いたとしたら、相当なエジプト政治通である。小島氏に直接確認した。

「カイロ大学学長が文藝春秋編集部に宛てたレターがベース。それを見ながら、ジャーナリストAさんが書いたんです。そうじゃないと、声明文案を30分で書けないですよ。Aさんが自分で考えたわけではないんです」

声明を書いたのは国家権威主義的なエジプト人に違いない、と初めて読んだときから確信していたが、そのとおりだった。

レターの内容は『女帝 小池百合子』(石井妙子著・文藝春秋)にも載っている。

「小池百合子氏は1976年にカイロ大学を卒業したことを表明します。(中略)小池百合子氏について貴誌が書かれたことは根拠のない虚偽であると思います。カイロ大学の名誉を汚す報道に対しては法的措置もいといません」

『女帝 小池百合子』2020年 石井妙子著

とある。

記事のどこが虚偽なのか一切示さず、法的措置を警告する内容。声明の骨子と同じだ。

この手紙は文藝春秋社にカイロ大学の郵便封筒で届き、「President’s Office」(学長室)と書かれたレターヘッドのある用紙に日本語で「カイロ大学長のPro Dr=Mohanmad AlKhustです」と書かれている。

用紙の体裁と出所の学長名も、声明とまったく同じだ。

レターと声明双方を出したのがカイロ大学学長室というのも、見過ごされやすいが重要な点である。室長はエジプトの「大学組織法」上、高等教育大臣任命の公職。

その指名に実権をもっているのは、同省の治安局長である。カイロ大学文学部元歴史学科長の著作『我が足跡を辿る』(未邦訳・原文アラビア語)に明記されている。

同書はカイロ大学の権力と腐敗の構造を数々の実名で世にさらし、エジプトで大騒動となった自伝的告発本だ。一部引用する。

「教育省の治安局長は、大臣よりも大学に対する影響力を行使し、偽善者の大学教員たちは競って彼に媚こびを売った」

「大学の独立性が損なわれ、教員たちは権力に憧れ、自由を制限し、大学を治安当局の権威に服従させる、大学に対する法律(前述の大学組織法)による統制を受け入れたのだ」

「(高等教育省治安局の上位にある)国家安全保障当局が、教員の誰に対しても左遷を正当化することができるのだから」

「(教授が代筆するなどして)国家治安局長に文学博士号を(正規の過程を経ず)取得させたとき、教員たちの権力への媚びへつらいは頂点に達した。その後、高等教育省の治安局長やカイロ大学内の治安局長までもが『博士号』(不正取得)という(権力)モデルを繰り返した」(括弧内は筆者補足)

カイロ大学文学部元歴史学科長の著作『我が足跡を辿る』(未邦訳・原文アラビア語)

カイロ大学声明の出所が、いかに権力と腐敗にまみれたところか察しがつくだろう。相手が権力者であれば、博士号の学位・証書の不正授与までする。

まして、論文審査がなく(小池氏の学歴にある社会学科の場合)、成績の改竄が容易な学士号の卒業証書の発行であれば、権力者からの命令(詳細は後述)ひとつで朝飯前だろう。

小池再選を祝う学長祝辞

カイロ大学アルフシュト学長は都知事選直後の2020年7月7日、小池氏再選の祝辞*を大学公式ホームページに載せた。

*権力者に媚びを売ったり、治安当局からの指示で、要人が信任されたときに学長や教授が競って祝辞を送るのはカイロ大学の腐敗した習慣の一つである(参考文献『我が足跡を辿る』)

祝辞は以下のとおりだ。 

カイロ大学文学部の卒業生である小池百合子氏は、日本の首都東京都知事選史上初となる22人の候補者と競い合い、二度目の当選を果たした。文学部を1976年10月に卒業した小池百合子氏は、民放テレビ局でニュース番組の司会者を務めた後、政界に転じ、参議院議員、衆議院議員を歴任した。

カイロ大学学長ムハンマド・オスマン・アルフシュト博士は、カイロ大学卒業生が日本初となる女性東京都知事として、二期目の当選を果たしたことに誇りを表し、小池百合子氏が日本での重要な指導的地位を勝ち取ったことに祝辞を述べた。

カイロ大学はあらゆる分野、あらゆる国における本学卒業生を誇りとしている。彼らは世界、特にアフリカと中東で多くの指導的地位に就ついており、アルフシュト博士は「彼らの成功はカイロ大学の成功であると考えている」と話している。

カイロ大学はあらゆる分野、あらゆる国における本学卒業生を誇りとしている。彼らは世界、特にアフリカと中東で多くの指導的地位に就ついており、アルフシュト博士は「彼らの成功はカイロ大学の成功であると考えている」と話している。

カイロ大学公式ホームページ 2020年7月7日

ここから触れたいポイントは二つある。

一つ目は、小池都知事の経歴を微細に紹介し、世界的な政治家と並べ、著名な”卒業”生として取り上げている点。カイロ大学にとって、小池都知事がいかに重要かがわかる。

小池氏に対するおべっかのみが目的ではない。カイロ大学の偉大さを証明し、国際的に宣伝するための極めて貴重な存在だからだ。新設中のカイロ大学国際支部では

「カイロ大学はアラブの科学者や天才たちを多く輩出してきたように、日本の元防衛大臣である小池都知事の輩出に成功」

カイロ大学公式Facebook

と、まさしく広告塔になっている。

卒業生でノーベル賞をとった人物が4名いるが、エジプト人とアラブ人。海外で首脳に就任した人も、やはりアラブ人。

カイロ大学を”卒業”した先進国の要人は小池都知事一人しかおらず、極めて希少価値が高いのだ。日本でいくら学歴詐称が騒がれようが、かたくなにカイロ大学が卒業を認める背景がおわかりいただけるだろう。

サダム・フセインとの共通点

二つ目のポイントは、小池氏と並び、「法学士号を取得したサダム・フセイン(元イラク大統領)」の紹介だ。二人とも、カイロ大学卒業について真偽が取り沙汰されてきた人物である。さらに要人になった途端、エジプト軍事政権下のカイロ大学が偉大な卒業生として公式に発表し、賞賛されるようになったという共通点がある。

フセインはカイロ大学中退説が根強かったが、実は後年、本人の自伝で法学部2年中退と認めている。その点、正直で潔い。とは言え、カイロ大学はいくら本人が中退と認めていても、自国にとって有利だとみなせば、勝手に卒業を公認する学風である。

入学の待遇については、フセイン元大統領と小池都知事の間には大きな違いがある。

フセインは高校時代、共産主義化を図るイラク首相暗殺未遂にかかわり、秘密警察に追われ高校を中退してカイロに亡命してきた人物だ。その武勇伝がナセル大統領の目にとまり、アラブの大義を目指すエジプトの工作員にするため、大統領自身が招いたという説もあるが、学業については特別扱いしなかった。

高校中退では名門カイロ大学には入れない。そこで、カイロのドッキ地区にあるナイルパレス高校に入り直して卒業し、正規の試験を受けて、法学部に合格している。




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