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021『人魚の断末魔』ショートショート(1,371文字)

 海賊たちは人魚を捕まえたので、食べることにした。人魚の肉には不老不死をもたらす効能があるという。みんなで分け合い、不死の海賊団になるのだ。
「美人なのに、もったいねぇ」
「美人つったって、半分魚だろう」
 台の上に拘束された人魚は、確かに上半身が人間、下半身が魚という言い伝え通りの姿をしていた。自分を囲む海賊たちに向かって何かを喚いているが、人間の言葉ではないのでなんと言っているのか分からない。けれどその顔には、はっきりと敵意が現れていた。
「しめるのは俺様にまかせろ」
 手下たちを押しのけて前に出た船長は、身の丈ほどもある大鉈を担いでいた。それを見た人魚はピタリと喚くのを止め、みるみるうちに血の気が引いた青白い顔になっていく。今から何が行われるのか、察したのだろう。
「カシラ、気をつけてくださいよ」息巻く船長に、モノシリが不安そうに言う。「人魚の断末魔を聞くと、死んじまうって話ですぜ」
「なら最初に頭を落とせばいいだろう。おい、口に詰め物しとけ」
 人魚の口にはそのへんにあった汚い布が目一杯に詰め込まれた。彼女はもちろん抵抗したが、拘束されている上に屈強な男たちに群がられては成すすべもなかった。
 船長が大鉈を振りかぶり、首めがけて振り下ろす。
 人魚の頭はあっさりと胴体から離れ、ごろりと転がった。断末魔などあげる暇もなく、恐怖で引きつった表情のまま固まっている。
「後はてめぇ等でやっとけ。肉も骨も皮も肝も全部残すなよ、全員に行き渡らせるんだ」
 愉快そうに笑う船長だったが、その時、人魚の体がピクリと動いた。全員に動揺が走ったが、何のことはない。筋肉が痙攣しているだけだった。ふつうの魚だって、頭を落としてもビタビタと跳ね回ることがある。人魚も同じように、ガタガタと動き出していた。ただ、人間の上半身を持っているというだけで、あまりにも不気味だ。
「おい、そっち抑えろよ」
「こいつ、死んでるくせに」
「頭を落とす前より手強いぜ。ははは」
 海賊たちはゲラゲラ笑いながら、痙攣して跳ねる人魚の体を押さえつける。しかし不意に、奇妙な音が聞こえてきた。まるで金属同士を擦り合わせるような、甲高くてザラついた異音。
「何の音だ? こいつから出てるのか?」
 まさか、と笑い飛ばした一人が、突然その場で崩れ落ちた。それを皮切りに、何人かが倒れ込む。人数が増えるにつれて、人魚から出る音が大きくなっていった。
 よくよく見ると、下半身の鱗がざわざわと蠢いている。まるでさざ波のように、一定のリズムで逆立っては震えて擦り合って、それが不協和音を奏でていた。
 バタバタと倒れていく船員たちを前にして、モノシリはガタガタと震えながら人魚を凝視している。
「まさか……まさか……!」
 モノシリ自身もみるみるうちに肌が土気色になって、体に異常をきたしていた。

 ――発音魚と呼ばれる魚がいる。声帯を持たない魚だが、歯やヒレ同士を擦り合わせたりして、声を、音を発する種のことをいう。
 人魚もそれに類する種族のようだった。彼らの場合は、鱗同士を擦り合わせることで音を発するらしい。その音は、まさに不協和音。悲しい悲鳴のようにも、おぞましい唸り声にも聞こえる。
 そんなことに気づいても、もう遅い。
 不死を得ようとした者たちは、人魚が発する断末魔により、その逆の結果を得ることになった。


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