北新地とは

職種が営業職ということもあり、お客さんとの会食は週に2回はある。いわゆる接待というやつだ。自分がいる業界がBtoB業界であり、広告費のようなお金を使って販促をすることがほとんどないこともあり、販促費としての接待費の予算は多いほうだと思う。

ひと昔はどれだけ接待をして、汚い表現をすると、どれだけ買い手のお客さんとズブズブの関係を築けるか?が営業に一番求められるスキルであり、それにより売り上げの成績も左右されることが多かった。

ただ、企業も適正なガバナンスが求められる昨今、買い手の特定の人に権限が集中することは少なくなり、接待の有効性というものが直接的ではなくなっている点で、接待の位置付けも昔と変わり、「しなくてもなんとかなるもの」に変わってきている。

ではそんな中、なぜ接待をするのか?

パッと思いつくのは「お客さんと仲良くなること」である。ご飯を一緒に食べる、お酒を飲む、ということはやはり仲良くなれる近道である。基本的に接待の時に仕事の話はしないように気をつけているが、仲良くなれることで仕事がスムーズに運びやすい関係性を築くことが出来る。これは間違いない。

ただ、自分が週に2回、時には3回も接待をするのはそれだけなのだろうか。もちろん会社のお金を使わせてもらうわけだから、仕事につながるようにお金を使う、ということは必須である。しかし、それだけではない。それは何か?

それは「仕事を言い訳にして、かけがえのない人間関係を作ることが出来る喜びを感じたいから」なのではないかな?と思う。

接待では、ご飯を一緒に食べたあと、二次会に流れることが多い。大阪だと、北新地のラウンジ、クラブに行くことになる。接待で行く以上、お客さんに楽しんでもらう必要があるので、信頼できるお店を作り、そこにお連れすることになるが、信頼できるお店を見つけることは思うほどには簡単ではない。

お店と言いながらも、そこには人と人の関係があり、お店だって客を選ぶ権利がある。とても良いお店ほど、とても良い人が働いており、とても良い人ほど、とても良い仕事をしたいと思って仕事をしている。この点においては昼の仕事も夜の仕事も変わらない。

つい先日、いつも仲良くしてもらっているお客さんと、いつもの二次会のお店に行った時、サプライズで私の誕生日のお祝いが準備されていた。そこにいないはずの会社の先輩や、部下も居て、みんなで、お揃いの私の写真がプリントされたTシャツを着て、歌を歌ってお祝いをしてくれた。ここまで誕生日で楽しくお祝いされたことは50年の人生で初めてだったので、びっくりしながらじんわりと涙が出た。

このお店に通うのは、もちろん接待のため、ではあるのだけど、こんな時間を作ってくれて、楽しく心に残るお祝いをしてくれる人達と出会うためであり、人と人との繋がりの温かさに触れたいからなんだろうな、と思った。そこに接待の目的である仕事は入り込まないけれど、そんな世界があってもいい、と思う。

少し前に、そのお店の人と話をしている時に、「来年、宅建の資格を取りたい」という話をしていた。聞くと、「いつも自分を商品として扱う仕事をしているから、自分以外を商品として売ってみたい」とのことだった。

営業職としてよく言われるのは「商品の前に自分を売り込め」ということだが、自分が商品であり、それを自分で売り込む、ということとはその過酷さが全然違う。全ての結果の責任を自分で負う、ということだから。

人と人の繋がりの温かさに触れたいから通う、と書いたが、温かさだけだったら北新地の二軒目のお店に通わなくても他にもあるはず。それでも通うのは、そんな厳しさの中に身を置いて働いている人に触れることで、自分の甘さに気づきたいからなのではないか?とも思う。

厳しさがあるからこそ、その分、温かさも際立つ。

北新地とは、一見華やかで虚構の世界のようで、そんな厳しさと温かさが入り混じったリアルで人間くさい世界であり、そこに人をひきつける魅了がある街なのだと思う。

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