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【ぬいぐるみの恩返し】21「二人きりの箱旅」

 ぼくはガイドさんたちに別れを告げ、ガーと一緒に箱に入れられた。ガーと二人きり、1週間の箱旅だ。

 しばらくの間、ぼくたち二人は話さなかった。でも、真っ暗な箱の中では何もすることがなくて、退屈でしかたがない。そのためかどうか分からないけど、数日たつとガーがぼくに話しかけてきた。最初はそれぞれのツアーについて話した。何を見たとか、何を食べたとか、ツアーの仲間がどうしたとかそんな話だ。

 ツアーの話が一通り終わると、ガーがぼくに聞いた。
 「プトラは佳乃に道で拾われたんだろ? どうして道に落ちてたんだ?」
 ぼくはどう答えようか少し考えた。ぱん田と出会った時には「持ち主の鞄からうっかり落ちて・・・」と答えた。でも、今は本当のことを言ってみることにした。
 「佳乃さんに会った時、本当はゴミ箱の上にいたんだ。ぼくは前の持ち主に捨てられたんだよ。」
 ガーは「そうだったのか。」とつぶやくと、黙り込んだ。


 長い沈黙の後、ガーが語り始めた。
 「ガーはマレーシアに来る前、1年ぐらい佳乃の実家で暮らしてたんだ。」
 どうして突然そんな話をするのかよく分からないけど、ぼくは黙って聞くことにした。 
 「佳乃の部屋にはぬいぐるみが8人いた。その中で、佳乃のお気に入りはキツネだった。丸々太ってて、顔も全然かわいくないのに、なぜかそいつが佳乃のお気に入りだった。そのキツネはその時14年も佳乃と一緒にいた。」
 14年か。そのキツネも人間に長い間愛されて、うらやましいな。

 「キツネは毎晩佳乃と一緒に布団で寝てた。ガーが来てしばらくは、キツネとガーが佳乃の両側に寝てた。でも、そのうち佳乃はガーだけをかわいがるようになって、キツネを他のぬいぐるみと一緒にたんすの上に置きっぱなしにした。ガーはそのキツネに言われたよ。『ガーのせいで佳乃に遊んでもらえなくなった』ってね。ガーは何も悪いことしてないのにさ。」
 そうか。ガーも同じようなことを言われたんだ。

 「他のぬいぐるみはみんなキツネの味方だった。佳乃はガーに優しくしてくれたけど、ガーはぬいぐるみの中ではいつも一人ぼっちだった。ほかのぬいぐるみたちはいつも、たんすの上で楽しそうにおしゃべりしてた。ガーには誰も話しかけてくれなかったよ。」
 持ち主のお気に入りになると、そんな大変なこともあるんだな。ガーにもそんな辛い時期があったなんて、ぼくは考えたこともなかった。

 「佳乃がマレーシアに来るとき、連れてきたのはガーだけだ。キツネと離れられて、ガーはほっとしたよ。マレーシアに来てからぱん田やドラちゃんがうちに来たけど、ガーはずっと佳乃のお気に入りだった。」

 「でも、プトラは違った。プトラは佳乃と二人きりで出かけた。お花のイベントにもプトラは行ったのに、ガーは行けなかった。ガーは思ったよ。ガーの時代は終わりかなって。キツネは14年間佳乃のお気に入りだった。ガーは16年。いくらお気に入りでも、そんなに長い間一緒にいると飽きられちゃうのかなって。」

 「今でもガーは佳乃さんのお気に入りだと思うけど。」とぼくは言った。
 「うん、そうかもしれない。ガーもツアーに参加させてくれたし、旅行の前には新しい服も作ってくれた。出発するときにはガーをぎゅっと抱きしめて、鼻に何度もキスをしてくれた。ガーは今でもちゃんと佳乃に愛されてることがわかったよ。」

 うん。ガーは佳乃さんに愛されている。それは間違いない。でも、ガーだけじゃない。ぱん田も佳乃さんに愛されている。それに、ぼくも。ぼくも佳乃さんに愛されている。

 長い沈黙の後、ガーがつぶやいた。
 「プトラ、今までいろいろ悪かったな。」

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よしだ・よしの(吉田佳乃)
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