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【ぬいぐるみの恩返し】8「初めての気持ち」

 ぼくたちは白馬から取り上げられ、トートバッグの中で再び揺られた。ぱん田がこのおばさんのことを少し教えてくれた。おばさんは日本人で、名前は佳乃さん。ぬいぐるみの写真を撮るのが趣味で、時々ぬいぐるみを連れて出かけるということだ。ぬいぐるみの写真を撮る。そんな趣味があるのか。

 ぼくたちが散歩しているのはマレーシアの住宅街だ。ぼくはこれまでずっとクローゼットに引きこもっていたから知らなかったけど、この辺りは道端や小さな公園にいろいろな植物がある。ぼくは植物の名前をほとんど知らないけれど、ぱん田とドラちゃんはけっこう知っているようだ。二人が写真を撮られて戻ってくるたびに、「アラマンダの花と一緒に写真を撮られた」とか「ジャックフルーツの上に載せられて撮られた」とか教えてくれた。ぼくはアラマンダもジャックフルーツも知らなかったけど、「よかったね」と答えた。

 ぼくも何度か取り出されて写真を撮られた。佳乃さんは左手にぼくを持って、白っぽい花の横に差し出した。右手でスマホを持って、写真を撮る。
 佳乃さんは写真を見て首をひねり、もう一度撮る。それも気に入らないのか、さらにもう一度撮った。佳乃さんがにっこりしたから、今度はいい写真が撮れたのだろう。どんな写真かな。後でぼくにも見せてくれるかな。その次はピンクの花と一緒に写真を撮られた。バナナの房の間に寝そべった写真も撮られた。バナナの間に寝そべるなんて、初めての経験だ。こんな経験ができるぬいぐるみはなかなかいないだろう。

 こんなふうに写真を撮ってもらえるなんて、夢のようだ。カメラを向けてもらえるのが嬉しくて、ぼくは笑顔を抑えることができなかった。ぼくの口角がほんの少し上がったことに佳乃さんは気づいただろうか? 佳乃さんは出会ったばかりのぼくを大事にしてくれる。ぼくはさっきまでゴミ箱に捨てられていたのに、突然王子さまになったような気分だ。

 ぼくは温かくなるのを感じた。気温が上がって暑くなってきたからか。でも、それだけじゃない。胸の辺りが温かい。初めての気持ちだ。こういう気持ちを「幸せ」と言うのだろう。


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