【ぬいぐるみの恩返し】19「東京ツアー」
ついにツアーの日が来た。ぼくが参加するのは、東京の下町に行く1泊2日のツアーだ。
ぼくは長い間クローゼットに閉じこもっていたし、日本に来たのも初めてだから、ツアーでは何もかもが初めてで、ワクワクしっぱなしだった。地下鉄にも乗ったし、おいしい物もたくさん食べた。といっても、ぬいぐるみだからもちろん食べるふりだけど、食べ物を見てにおいをかぐのは楽しい。アートのイベントやきれいな夕焼けも見た。
でも、何より楽しかったのは、旅館に泊まったことだ。
旅館に着いてまず驚いたことは、ぬいぐるみのスタッフがいたことだ。ぬいぐるみ専用の旅行会社にぬいぐるみのガイドがいるのは当然だろう。でも、この旅館は人間が泊まる旅館なのに、ぬいぐるみのスタッフがいるのだ。それだけでなく、寝る前には人間用の布団の横に、ぬいぐるみ用の布団も敷いてくれた。ぼくは人間同様に歓迎してもらえて、感激した。
旅館では寝る前に枕投げをしたり、朝風呂に入ってツアーの仲間と背中を流し合ったりした。この旅館でも楽しい思い出をたくさん作ったけれど、一つだけ怖い思いもした。
ぼくたちはこの旅館で「獅子舞」というパフォーマンスを見た。もちろん、ぼくが獅子舞を見たのは初めてだ。ぼくは最前列の中央の席で獅子舞を見ていた。獅子の動きが面白くて、ぼくは楽しく見ていた。それなのに、獅子が突然ぼくを襲ってきたのだ。
ぼくは恐怖で動けなかった。いや、ぬいぐるみだからいつも動けないんだけど、この時ばかりは文字通り体が固まった。旅行会社の人を見ると、ぼくを助けもせずに、ぼくが襲われている様子を写真に撮っている。写真どころじゃないのに。
獅子は大きな口を開けてぼくに迫ってくる。ぼくの全身がすっぽり入るほど大きな口だ。
「食べられる!」
そう思ったとき、獅子はぼくの顔の手前で口をパクっと閉じた。そして、今度は隣に座っていたツアーの仲間に同じことをした。獅子はぬいぐるみ全員にかみつくふりすると、人間のお客さんにも同じことをした。
ぼくたちは旅館のお客さんなのに、なんでぼくたちを襲って怖がらせるんだろう。おかしいじゃないか。ぼくは腹が立ったけど、後でこれには厄除けや無病息災のご利益があると教えてもらった。そうなのか。先に教えてくれれば、あんなに怖がらずに済んだのに。
ぼくは獅子からもらったご利益を佳乃さんにあげたいな。佳乃さんはきっとぱん田と一緒にぼくの旅行の様子を見てくれただろう。
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