3-6 DNA複製と修正の応用技術
DNAの複製機構解明の歴史からも分かるように、試験管内でも複製は再現可能である。これを利用した技術であるPCRとDNAシークエンシングについて仕組みとプロトコルを紹介する。
ポリメラーゼ連鎖反応
ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)はDNAの特定領域を多重複製する技術である。例えば、犯罪現場で採取されたサンプルからDNAを検出する場合、そのままのDNA量では正確な鑑定が難しい場合がある。または、遺伝子検査で癌化する遺伝子があるかを調べる時、その遺伝子領域だけをピックアップして調べたくなる。
このような場面でDNAを繰り返し複製することで量を増やし、問題を解決できる。その技術がPCRである。
PCRの仕組み
PCRは以下の手順が繰り返されることで進行する。
加熱によって二本鎖DNAが分離する。
人工的に合成したプライマー、4種のdNTPs、DNAポリメラーゼを加える。
新しい二本鎖DNAが合成される。
この1サイクルによってDNAの量は倍になる。これを繰り返すことによってDNAの量を指数関数的に増やそうという試みがPCR技術である。
この技術ではプライマーの設計がカギになり、おおよそ15~20塩基の長さになる。これを設計するためには増やしたい標的DNA配列のそれぞれ3'末端の配列の情報が必要になる。(DNAは5'→3'に伸長、元配列の3'末端の配列情報=新たに合成される鎖の5'末端の情報になる。伸長の機序は3-4の記事参照)
このプライマーをうまく設計することによって、標的DNAを特異的に認識できる。そのことがPCR技術の精度を上げてくれる。
PCRの最初の過程で「加熱して鎖をほどく」過程が存在するが、その時に必要な温度は90℃以上になる。しかし、この温度ではDNAポリメラーゼが破壊されてしまうため、1サイクルごとに投入し直さないといけない。これは非常に効率も悪くコストもかかる。
この問題を解決してくれたのがサーマス・アクアチクスという細菌である。この細菌はイエローストーン国立公園に住んでおり、ここは間欠泉の吹き出す様子が見れたり90℃近いアルカリ性の温泉などが有名で世界遺産に登録されている。このような温度環境で生育できるサーマス・アクアチクスは高温でも変性しないDNAポリメラーゼを持ち、これを応用することでPCRの欠点を克服しようとした。結果、生化学者のキャリー・マリスが現在のPCR技術を開発し、1993年にノーベル化学賞を受賞した。
DNAシークエンシング
次はDNAシークエンシング技術、つまりDNAの配列決定技術について学ぶ。
シークエンシングの仕組み
この技術では以下のddNTPsという糖を用いる。我々がよく知っているのはdNTPsで、以下の図に示すように本来3'にあるはずのOH基がH基に代わっている。
この"少し違う"糖をDNA複製中に加えると、通常のdNTPsと同じようにDNAポリメラーゼによって伸長中のポリヌクレオチド鎖に付加される。しかし、OH基を持たないためこれ以上ヌクレオチドを付加することができない。つまり、ddNTPsが取り込まれてしまうと伸長が止まることになる。
これを利用して以下のようなものを試験管内で混ぜ合わせる。
DNAポリメラーゼ
配列決定用に作られた短いプライマー
4種類のdNTPs(dATP,dGTP,dCTP,dTTP)
少量の4種類のddNTPs、さらにこれらにはそれぞれ別の蛍光標識がされており、検出器で区別ができる。
これらを入れ適切な条件にするとDNAの複製が開始される。すると試験管内に存在する標的DNAが複製されるが、このときdNTPsかddNTPsのいずれかが付加される。もしdNTPsが付加されれば伸長は継続され、ddNTPsが付加されると伸長が停止する。
しばらくしてDNA鎖をほどいて1本鎖にすると、様々な長さのDNAが存在することになるのが分かるはずだ。この長さの違うDNA断片を電気泳動にかけると、DNA断片を長さによって、しかも1塩基単位の分解能で分離できる。
分離されたDNAはそれぞれ末端に蛍光標識したddNTPを持つため、ある特定の長さのDNA断片の末端塩基が何か特定することができる。この情報をすべて統合することで、最終的に標的配列全体の情報を得ることができる。
遺伝子全体、つまりゲノムレベルを推定するとなると塩基の量はかなり多くなるため、この手法だけでは実用的でなくなる。
そこで登場した次世代シークエンサーと呼ばれる機械では。サンプルDNAの局所の短い配列を高速かつ大量にランダム決定した後に、全体の配列を推定する手法が用いられる。これをアセンブルといい、ゲノミクス分野では頻繁に登場する。