ジョージ秋山さんの思い出 ”回顧録外伝”
少し前、note で出会った漫画家の方が記事の中でジョージ秋山さんのことに触れられていたのをきっかけに「秋山さん、近ごろどうしているのかしら」と思い、グー〇ルで調べて愕然としました。今年の5月に77歳で亡くなったと書かれていたのです。
私がnote に載せたバカ長い「まだ元気なのに回顧録なんちゃって。。。」の前の方だけでもお読みいただけると、私が講談社の週刊少年マガジン編集部に在籍していた時、秋山さんのメジャー誌本格デビュー作「パットマンX」の担当をしていたことを書いていたのを覚えていらっしゃるかも知れません。秋山さんと私はほとんど同い年で、彼は最初はいろいろと鉛筆書きの下書き原稿を携えて編集部に売り込みに来ていた青年漫画家志望者といった感じでしたし、私は編集部内部の異動で漫画班に移ったばかりの新人でなんとなくぴったりのコンビでした。
長髪、長身、痩身、いつも大体同じような恰好、とっくり首のセーターに細めのズボンをはいていました。かなりのヘビースモーカーで当時の秋山さんは一見すると、何か暗い感じのするとっつきにくい青年でしたが、編集部に通ってくる熱心さはただならぬものがありました。当時、彼も私も金銭的には恵まれていなかったので、二人の間で仕事上の打ち合わせをするときは、必ず昼飯時か夕飯時にして編集部の方に出向いてもらい、近くの中華料理屋や蕎麦屋で一緒に食事したものです。私が勘定を払い、レシートを経理の方に提出、これは合法的な接待費の請求でした(笑い)。そんなこんなの後で秋山さんの編集部通いは実を結び、ついに週刊少年マガジンで「パットマンX」を連載するに至り、その後は漫画界の鬼才として急成長を遂げられました。
「パットマンX」の中に登場する少年キャラクターの一人に「よっちゃん」というのがいます。黒縁の眼鏡をかけた坊主頭の少年でおとなしく、でしゃばらず、やさしい少年、これは秋山さんが私をイメージしてキャラにした人物です(笑い)。ここに1枚の写真があります。
私が週刊少年マガジン編集部にいたころのもので、私はてっきり会社の社内報で「漫画のキャラになった編集者」みたいな記事があってそれに使うために写真部のカメラマンが撮ったものだと思い込んでいました。ところが写真の裏を見ると「昭和42年11月号 婦人倶楽部掲載」とハンコが押してあります。
にわかには信じられないのですが、主婦向けの婦人倶楽部で「漫画のキャラになった編集者」の企画が通るとは思えません。何かの間違いだと思いますが、実際の記事にはこの写真の中に秋山さんのよっちゃんの絵が入っていました。なぜ私がこんなポーズをとっているのか、これも理解しにくいのです。というのは、よっちゃんはとてもおだやかで控えめな少年なのです。たぶん、あのころの私はボクシングにかぶれていたからだとしか思えません。
1972年に私が日本を離れて以来、秋山さんとは一度もお会いできませんでしたが、青春時代の思い出が懐かしいです。