言葉にしたものは、本当の意思か?
「お茶飲む?」
「いまはいいよ」
この会話は、実はシンプルではない。
母のこと
本当に恥ずかしいことですが、私は母がお肉を好きだったことにずっと気づいてませんでした。お肉だけでなく、うなぎ、お刺身、天ぷら、メロン、ピロシキ、みーんな大好きだったのです。
子どもの頃からずっと、
「作っただけでお腹いっぱいになっちゃった」
「お母さんは、いまはいいの」
「おいしい?たくさん食べなさいね」
「いいの、いいの」
「おいしそうに食べるね。見てるだけでお腹いっぱいよ」
と言われて、
「こんなに美味しいのをどうして食べないんだろう?」
とずっと思っていました。
自分が子どもの時だけならともかく、母は私の娘たちの前でも同じでした。
私が35歳になるまで、母がお肉大好きと気づかなかったと言ったら、娘たちに「それって...」と呆れられましたが、本当にわからなかった。娘たちは気づいていたようです。
「いや、だって、お母さん、お肉嫌いだと思っていた」と言ったら、「嫌いだっていってない」と笑いながら言われた。確かにそう。嫌いとは言ってなかった。
返事と気持ち
「お茶飲む?」
「いまはいいよ」
これをシンプルでないと言うと、面倒くさい、飲みたきゃ飲みたいと言えばいいのに、と言う人もいます。
確かに、就職面接会場で「暑ければ上着を脱いでください」と言われて脱いだら「いま脱いだ人は帰ってください」と言われるような会社もあるらしいので、受け応えはわかりやすくしたいと言うのはわかります。
だからここは「思いやりをもって接する相手との会話を楽しむ」という考えで聞いてください。
会話の内容については、状況にもよるし、それまでの関係性にもよります。
では、どんなことが考えられるでしょうか?
「いまは」いいよというのは、あとで飲みたくなるかも、という意味かもしれません。もっと明確に「あとで飲む」というつもりかもしれません。
「飲みたいけど、いま飲みたいと言うとお前に面倒をかけるからいいよ」
「あなたが飲むならついでに頼みたいけど、わざわざなら飲まなくてもいい」
「いまは人がいるから、後にしよう」
「もうちょっと待てばおやつの時間だから、後にしよう」
などなど、「いまはいいよ」の背景はいろいろ考えられます。
「いまはいいよ= 飲まない」とは限らないです。
「えー、どっちなの?はっきりしてよ!!」
そう言われてしまったら、さっきまでは飲みたかったと思っていたけど気分が変わってしまって「じゃ、いらない」ということになるかもしれないし、つい口をついて「じゃ、いらない」と言ってしまうかもしれません。「じゃ、いらない」の背景もいろいろです。
返事と気持ち
コンビニで肉まんを買うためにレジに並んでいたら最後の1つだった。お、ラッキーと思っていたら、後ろに並んでいる親子の会話が聞こえてきた。
「肉まんあるかなー?」「どうかなー?」
自分の番になった時、「あんまん1つください」と注文した。
その結果を見て「あなたはあんまんを食べたかったのですね?」と言われると、そういうことではないし、「じゃぁあんまんを食べたくなかったのに買ったのですか?」というと、そういうことではない。そんな気分だったのよ、ということなのです。
「今日肉まんを食べるのをどんなにか楽しみにしてきたことか、だから譲れない」という人もいるし、「子どもに世間の厳しさを教えた方がいい」といって肉まんを買う人もいると思います。
いろんな人がいて、いろんな思いがあり、いろんなことがあるってことを考えておくことが、人の気持ちに関わっていくということなのかなと思います。
それが人生、だから人生、面倒くさいかもしれないけど、面白いと思います。
下の娘
私の下の娘は「パパお肉嫌いだもんね」とニヤリとしながら私の分も持っていきます。そうされると私が嬉しいことを知っているのでしょう。私はお肉が大好きです。でもそれ以上に嬉しい気持ちになることもあるんです。
そういう気持ちになる歳になってからも、うちの母はお肉は嫌いだったとずっと思いこんでいました。私に気を使わせないように母は気を使っていたのか、もしくは、私が鈍感だったのか。😊
口からでた言葉が、その人が望んでいたことなのか、最終的にそれを選択したのか、ということに加えて、その言葉がでるに至った過程、気持ちの変化も一緒に考えて寄り添えるようになりたいと思っています。