ショートショート【春ギター】
「遅くなってごめんね、ちょっと寝坊しちゃった」
春ギターを持った彼が、恥ずかしそうに笑う。
「ずっと楽しみにしてたんだよ。もう寒すぎて……」
私は少し不機嫌な顔を作って返事する。
本当は今年も彼に会えた、それだけで満足なんだけど。やっぱりできればもう少し早く来て欲しい。もう少し長くいて欲しい。
「ごめんって。でも今年もいい曲を作れたんだ。」
そう言って彼が春ギターを奏でる。優しいメロディーに、凍えていた体がふんわり温まり出す。周りのみんなも、彼のギターに耳をすませているのが分かる。
私は少し得意になって、手のひらに小さなピンクの蕾を浮かべる。今年はさんざん待ったから、その間にこっちだって綺麗になれるように頑張ってたんだよ。
長いこと彼の演奏を聞いていた。私も周りのサクラたちもいつの間にか、手にいっぱいの蕾を抱えていた。
私の手のひらにあるそれが1つ、恥じらいながら開く。
それを見た彼は演奏をやめ、嬉しそうに言う。
「さて、僕はもう行かなくちゃ。春ギターを待ってる人達は沢山いるからね」
また来年も会おうね。そう言って私も手を振る。手の中の蕾がまた1つ開いた。
#毎週ショートショートnote
また会いましょう。