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~幸せとは何か?1話~カンボジアでみた『ハンモックで寝るおじさん』の話
1. はじめに
数年前僕は、カンボジアである光景を見た。
とりたてて何という事のない風景だったのだが、いまだにふとした瞬間にその光景が思い出され、『ある疑問』が繰り返し頭の中に浮かぶ。
『どう生きれば幸せなのか!?幸せとは何か?』
その当時僕は、会社で働いていた。
日本で暮らす一般的なサラリーマンの例にもれず、朝は満員電車で通勤し夜は帰りの通勤客でいっぱいの電車で帰る。
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最寄駅はそこそこのターミナル駅だったので、朝は駅から会社方面へ大量のスーツを着た人たち(黒い波のように)が高層ビルのオフィスへと向かい、帰りはオフィスから駅方面へ同じように人波が押し寄せる。
でも休日は映画を見たり、ショッピングに行って洋服や家電を買う。
おしゃれなレストランでたまに食事をする。
1年に2回程度は遠方に旅行に行く。
不満足ではないが十分満足でもない。
繰り返しの毎日だけど。。
幸せな方だと僕は思っていた。
そんな日常から抜け出し、あるときカンボジアへ旅行に行った。
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アンコールワットの遺跡を見るのが目的で、シェリムアップという町を訪れた。
その時ぼくはある光景を見た。
それは、家の玄関先にハンモックを吊るし、昼間からのんびり昼寝をしているおじさんの姿だった。
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はじめに見た時は、『えっ!?こんな昼間から仕事にもいかず寝てて大丈夫なのか?この人どうやって暮らしているんだろう?』
みたいな感じ。
もちろんおじさんの周りには、きれいな高層ビルも、おしゃれな家具も、最新の家電もない。
はっきりいって日本の都会とは比べ物にならない、悪く言えば粗末な家だった。
でも、僕は彼の表情は穏やかで、どこか満ち足りているように見えた。
その光景を目の当たりにしたとき、私はふと『なんでこのおじさんは普通に幸せそうなんだろう?』と考えさせられた。
*もっとも本当に幸せかどうかは本人に聞いていないのでわからない。
ただ日本で暮らしている中ではあまり見かけないような穏やかで満ち足りた顔で昼寝していたことは確かだ。
2. カンボジアで見た「ハンモックで昼寝するおじさんの光景」
カンボジアでその時みたおじさんの家は、日本の都会とはまったく異なる。
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おじさんの家は平屋建てで、庭には料理をするための簡素なかまどがあった。
扉はしっかりとした木のドアではなく、粗末な板戸。
室内にエアコンや高級な家具はなく、シンプルな暮らしがそこにはあった。
ハンモックで昼寝をしていたおじさんの姿は、都会の忙しさとは対照的だった。
彼は何かに追われることなく、静かに風を感じながら、心地よさそうに眠っていた。
「この人は、何も持たないように見えるのに、なぜこんなに幸せそうなのだろう?」
僕はその光景に目を奪われながら、そんな疑問を抱いた。
3. 日本に帰って感じた「灰色の世界」
旅行を終え、日本に戻ってきた僕は、空港から電車に乗り込んだ。
窓の外には、無機質なビル群が並び、忙しそうに行き交う人々の姿があった。
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満員電車の中では、疲れた表情の人々がスマホの画面を見つめたり、居眠りをしたりしている。
駅に降りれば、無言で改札を通る人々の群れ。カンボジアとは対照的に、日本の街並みはどこか冷たく、灰色に見えた。
「なぜだろう?日本は豊かなはずなのに、誰もそれほど幸せそうに見えない。」
そう思った瞬間、私は「それはなぜなのか?」と改めて考えさせられた。
4. 幸せとは何なのか?
日本では、経済的な成功や物質的な豊かさが「幸せ」の基準とされがちだ。いい会社に入り、高い給料をもらい、ブランド品を持ち、大きな家に住むことが幸福の証とされている風潮がどことなくあるように思う。
SNSではだれもが、幸せそうに高級レストランやリゾートでの滞在の写真をアップしているし、高級車やブランド服などにお金をかけて一見楽しそうに笑って映っている。
ただ本当に心から楽しんでいるのか!?なぜ一生懸命SNSで幸せをアピールする必要がある!?
カンボジアのおじさんの姿を思い出すと、そうした価値観が本当に正しいのか疑問に感じる。
おじさんには高級車も、高層マンションもないが、自然の中で穏やかに暮らし、ゆったりと昼寝を楽しむ時間がある。
特に誰かにアピールしているわけではなく、いつも通りの自然な姿だと思う。
つまり、おじさんは「時間の豊かさ」を持っているのではないかと思う。
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一方で、日本の都会に住む僕たちは、物質的には恵まれているものの、時間に追われ、心の余裕を失っているように思える。
スマホを常に離さず『タイパ』『時短』などを叫び、急ぎ足で常に何かに追われて生きているようにに思う。いったいどこに向かっているのか!?
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「持たない中にある自由」と「持ちすぎる中にある不自由」
どちらが本当の幸せなのかを考えさせられた。
5. まとめ:自分にとっての幸せを考える
どちらが幸せかは実際のところ何とも言えない。
両方がバランスよくあればいいなと考えるが。
もし今同じように考えている人たちには、幸せには下記の様な側面も必要なのではと今一度考えてみるのも良いかと思う。
・幸せは、物質的な豊かさだけでは測れない
・時間に追われない生活もまた、豊かさの一つ
・心の余裕や、人とのつながりこそが、本当の幸福につながる
もちろん、物質的な豊かさも必要だと思う。
しかし、忙しさに追われる毎日の中で、時には立ち止まり、自分にとっての「幸せ」を見つめ直すことが大切なのではないだろうか。
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カンボジアの昼寝するおじさんの姿を思い出しながら、私も「本当に必要なものは何か?」を問い続けていきたいと思う。