雑談の小径010
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慣れと記憶
歳を取るにつれて、アイドルグループの顔が覚えられなくなった。男の子も女の子も。
はなから覚える気がないのはまあ置いといて、日本人グループで何度もテレビで観ている子達はなんとなく区別できるけど、流行りの韓国系の子達なんかぱっと見全部同じ顔に見える。違いが分からないからグループ名も覚えられない。グループ名だけ覚えていても、どれがどれを指すのかも分からない。
女の子達なんか、化粧と服で印象も変えるもんだから、同じ人なのかもどうかもよく分からない始末。
「人種効果」という言葉がある。
短期記憶において他人種より自人種の顔の方が認識しやすいそうな。なぜなら「見慣れている」から短時間で記憶装置にデータを蓄積できて、そこから答えを導くことができると。
だから、歳を取って若者の顔が分からなくなるのも同じ理由で、同世代ばかり交流があって若者とあまり接点がなくなり見慣れなくなるからなんだって、数年前の某5歳児に叱られる番組でやっていた。
アジア人は大体どこの国出身か分かるが、欧米人だと区別をつけにくい。アメリカ留学当初は実感としてそう思っていたが、だんだん見慣れて来たのか、欧米系でもどこの国出身か何となく区別もついたし、実際当たっていた。
日本に帰ってあれこれ30年近く、今となっては区別どころか個人の顔すらあまり覚えてなくて、「一度お会いしましたよ?」「そうでしたっけ?」なんて失礼をしてしまったりする。
複数の日本人&東アジア人の学生達を対象に、日本人顔と白人顔の記憶速度を実験してみたという2019年日本認知心理学会発表の論文によると、特に差異は認められなかったようなので、「人種効果」という概念は一体どこから出て来たのか??? ってことだったが、単純に体感なんじゃないかとも思ったりする。誰かがそう思って、あー分かる分かる〜って言い出す人が増えていく。
現に「短期記憶」と「慣れ」いう意味では自分の例をみても間違ってなさそうかも?と思う。見慣れたら多人種でも区別がつき、見慣れなくなったら分からなくなった。
そして同世代のおばちゃん達の顔も若者よりはそれなりに覚えやすい。
「人種効果」が比較的古い概念なのだとしたら、人々が国をまたいで行き来し、メディアで多人種を見慣れた現代人にはもはやそぐわない感覚のかもしれない。
いずれにせよ、慣れないわ頭が回らないわで自然に物事が頭に入って来なくなりつつある年齢、何かを覚えるにはそこに「興味」という要素を自分でつけ加えないといけないことをしみじみ感じる。
単純な衰えと同時に、体全体のエネルギーレベルが下がりつつある今、処理能力を超えることに無駄に遭遇しないように脳の防御本能が働いているのかもしれないなと、良い風に思うことにする。
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