291. MSM(Men who have sex with men)って何ですか?ゲイのことですか?
MSM (Men who have sex with men)は「男性と性行為をする男性」を指す言葉です。これは本人が自分のセクシュアリティをどのように自己規定しているか、つまり自分はゲイであると思っているのかどうか、バイセクシュアルだと考えているのかどうかに関わらず、男性とsexをする男性全体を指すという、対象をかなり広く捉えた表現です。
以前の記事(285. LGBTの人たちは自分が性的マイノリティであることをどうやって受け入れるようになるんですか?)でも書きましたが、男性を性愛の対象とするからと言っても、みんながそれを素直に受け入れて成長してきたわけではありませんし、20代、30代、40代になって結婚していても、そして女性よりも男性に性的な魅力を感じていたとしても自分をゲイであると認めない人がいます。だからと言って、私はその人たちを責めているわけではありません。「他人と違う」ということ、それも好きになる相手や性的に惹かれる相手が同性であるということに気づくということは自分でもなかなか受け入れられない、そして受け入れたくない現実です。同調圧力の強い日本ではなおさらです。だからとりあえず世間体を気にして結婚をする。子どもができても自分の家庭とは別に「男遊び」をする。自分はちゃんと結婚して子どももいるんだから立派な男だ。しかし、「遊び」として男とsexをすることもある。それは「浮気」とは違う。「男遊び」をしても相手を妊娠させる心配はありません(性感染症の危険性はあるでしょうが)。「あなたはゲイですか?バイですか?」と尋ねられれば、その人たちは「いいえ」と答えるでしょう。しかしながら男性とsexをするという点ではゲイやバイセクシュアルとは変わらないわけです。「自分が何であるか」というのはその人が決めることであって、他人が「あなたは男性なのに男性とsexをしているのだからゲイかバイでしょう」と決めつけることはできません。
さて、ではなぜこの言葉が生まれたのか。その背景にはエイズがあります。エイズは初期の頃(今でもまだそう信じている人もいますが)、「ゲイの病気だ」とされていました。しかし、ヒト免疫不全ウイルス(=HIV)に感染するのは性行為、それもセーフセックスでない(例えばコンドームを使わない)sexをすることで広まることがわかってきたのですが、焦点をゲイだけに絞ってしまうと、そこからバイや自称「異性愛」で上で指摘したようにたまに「男遊びをする」人たちに対するセーフセックスの啓発活動が届かなくなってしまうのです。また、政治的にはエイズ危機にあって、政府がエイズ感染予防・研究・治療に国家予算を使うとなると、どうしても「国がゲイを助けている!」「ゲイを助ける必要はない!」という人たちから反対の声が上がるのが常でした。そういった事情もあり、ゲイ、バイ、ストレートなどといった性的指向に基づいた分け方をせずに「どういった行為をするのか」に着目してエイズを「非ゲイ化」し、HIV感染予防を促進させるという狙いもありました。
「俺はゲイじゃない。たまに男と寝ることはあるけれど、相手を妊娠させる心配はないからコンドームを使う必要もない」という考え方をする人が残念ながら今も一定数いると考えられます。ゲイやバイの当事者はこの「MSM」という言い方を普通はしませんし、おそらく知らない人も多いと思います。日本では厚生労働省や各保健所がエイズの啓発活動を行う際に、ゲイやバイと自認していない人たちにどうやったら性の健康について知ってもらうかということに苦慮しています。
参考資料
ジョー・イーディー(編著)『セクシュアリティ基本用語事典』明石書店
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