DAY 11. ワイナピチュ
朝4時に目が覚める。
ワイナピチュに登ろうか、手前で引き返そうが入場チケットの時間は6時。
ワイナピチュとはマチュピチュ遺跡の写真の背景に必ず写っている山。
標高2,693m マチュピチュ遺跡からの高低差が300m弱。基本は2時間あれば往復できるらしい。怪我の後遺症も心配である。
バスのチケットは5時発を購入済み。
舞台は万事整った。
ホテルはチェックアウトしなければならない。身支度は済ませる必要がある。
シャワーを浴びて、髭を剃り、サッパリしてパッキングする。
まだワイナピチュに登るかどうか迷っている。
マチュピチュには不要な荷物をフロントで預け、バス停に向かう。
傘をさすほどではないが小雨が降っている。空は昨日に比べて薄暗い。
5時20分過ぎのバスに乗りマチュピチュへ向かう。
今日の車窓の景色は白一色で霧しか見ることはできない。
6時過ぎに入場口にバスは到着した。
入場開始は6時。マチュピチュを周遊して、1時間後の7時からワイナピチュの登山口が開く。
定刻の6時が回ったものの、広場で意味もなく屈伸運動をしてみた。
最後の調整のつもりである。
ここで、痛いようで、思うように足が動かなかったら登山は諦める。
そうでもなかったら登る。と決めた。
次から次へとバスが到着し、入場口に吸い込まれてゆく。
屈伸運動は続く。
「急登とはいえ、一歩ずつゆっくり進めばどうにかなる。」「下山も、他の人に追い越されようと、自分のペースで後ずさりすれば怪我はしない。」
自問自答がしばらく続いた。
ワイナピチュ登山用の入り口は通常の入口から場所が少し離れている。
午前7時から入場できる人数は200人。10時から200人。1日400人限定の人数制限のチケットである。
「登山の入場口に行ってから決めても遅くはない」と頭の中で聞こえた。
スマホのチケットを提示し、パスポートを照合してもらって入場。
遺跡のワイナピチュ専用のルートを巡りながら進む。20分ほどで登山ルートの入り口に到着してしまった。
登山口では、フルネームと、国籍と入場時間を手書きで記入する。
仕方なしに一歩を踏み出した。
「一歩一歩確実に進めば危険はない、よし決めた!」
後ろを振り向くことなく足を進めた。覚悟を決めた。
入場口の前後に人の影はない。話し声も聞こえない。森の葉の擦れる音と、谷底から時折り聞こえる列車の汽笛だけが聞こえる。
足元は整備されており、しばらく平坦な道が続く。初めての角を曲がると、かなり急な坂が立ちはだかっている。
危険な場所にはロープが張られて掴みながら進む。急登で息が上がる。
少し登っては立ち止まり、息を整える。深呼吸をする。このリズムをしばらく繰り返す。
高低差約300m。ところどころ九十九折りになって延々と頂上まで続く。
途中ひとりのスペイン語を話す女性降りてきた。
身振りで察するに、途中で諦めて下山したらしい。
不安が募ると共に、何クソと言う闘志が少し湧いてきた。
後ろを振り向くな、あとどれくらいかは気にするな。階段がある限り登ればいい。少しずつ気持ちが変化してきていた。
小一時間経った時、急に空が開け、頂上らしき様子が窺えた。
最後が危険極まりない急な階段。登り切ると頂上だった。
昨日と比べて、雲が多い。周囲の山も8割方隠れており、谷底から登る霧に、マチュピチュの姿はなかなか見えてこない。
頂上に達した。途中追い抜かれたフランス人のカップルに「おめでとう」と声をかけられた。「何か飲み物を飲む?水の他にもいろいろ水分はあるわよ」「大丈夫です。ありがとう」
しばらく岩の上で霧に晴れるのを待った。頂上には自分とフランス人カップルとスペイン語を話すカップルの2組だけ。
疲労を癒す傍ら、晴れ間を待つためにじっと1時間は佇んでいた。
徐々に太陽がスポットライトのように辺りを照らしては霧に阻まれる攻防を続ける。太陽が霧に勝つ時間が多くなってきた。
次の瞬間
後光が差すように、眼下のマチュピチュ遺跡全体を照らしていた。
神々しい景色に、頂上までの苦しい道中を忘れていた。
例えようのない遺跡の存在感と、インカの人々の盛衰に尊敬と併せて悲しさが襲った。
帰りの電車は夕方17時なので、いつまでもゆっくりできるが、水分も欲してきており、遺跡の風景に別れを告げ下山することにした。
下山して15分ほど経った時、アジアの女性二人連れとすれ違う。取り敢えず英語で you go head 先へどうぞと進めた後に、自分が「どっこいしょ」とかけ声が出てしまったものだから、「日本の方ですか」と声をかけてきてくれた。「マチュピチュで日本人に合う確率は高いと思ってましたが、ワイナピチュ出会うとはびっくりです。」「私たちもメキシコからペルーに入ったんですが、日本の方に会うのははじめてです。」「お互いお気をつけて」
俄然気分が軽くなり、慎重を期して一歩ずつ一歩ずつ下山してきた。
出口の売店でレモネードを一気飲み。乾き切った細胞にレモネードが染み渡ってゆくのを感じた。
バスで下山するとマチュピチュ村は雨が降っていた。
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