元指導員のリアル教習所#4 「S字コース」
久々に再開。
法改正が多い業界のため、転職後の1、2年で変わったことも多いかもしれません。あくまで経験談なのでもし現状に合わなくてもごめんなさい。なお、教習所によって脱輪と言ったり、接輪、乗り上げとかいろいろ表現の違いがあると思いますが「脱輪」でいかせていただきます。
S字コースは「苦手」「嫌い」という方が最も多い課題かもしれません。できる人にとってはなんてことないただの道、できない人には両側が崖に感じるせまーい道、こんな感じでしょうか。ここでのつまづきを検定までひきずって、始まる前から半べそなんて教習生もたくさん見てきました。変なトラウマを作らないように苦労なくクリアしてもらいたいものです。
1.狭く見える道でメンタル攻め!
まずはS字はどんな課題でしょう。
「狭路通行(せまい道)」という課題の一つで、コースの道幅は2.5m。実は普通の道路の道幅とさほど変わりません。ちなみに教習車の幅はおよそ1.5mです。ただ、両サイドに脱輪する可能性があるのと、カーブが連続しているという部分が普通の道路ではあまりない特徴です。要は「せまく見える道」だと思います。「せまく見せている」と言ってもいいかもしれません。
その中で「脱輪」という検定合格のためには絶対に避けなければいけないトラブルがつきまといます。しかし、脱輪以外の減点はほぼほぼ該当しません。いわば脱輪さえしなければいいコースです。
実はいたって単純なコースですが、狭く見える上に、先の検定の合否を左右するような強烈なトラップが仕掛けられている…ように感じる。これがまだまだ運転に不慣れな教習生のメンタルを揺さぶってきます。個人的にはこの恐怖心に打ち勝てるかの完全にメンタル勝負のコースだと思っています。どちらかといえば女性の方が沼にハマる人が多いかなぁ。特に真面目でなんでもきっちり完全攻略法を身に付けたいタイプの方には相性最悪。男性は「まあ、落ちなきゃいいんでしょ」ぐらいで考える人が多く、この位の気持ちの方がすんなり通れる印象です。
なので個人的には「テクニックなんかないよ」と思ってますが、あえて挙げれば「メンタルを揺さぶられないような考え方」がテクニックです。
2.「どこが危ないの?」
S字のテクニック…結論から言えば「どこが危ないのか正しく意識する」ということです。落ちそうで危ないのは「タイヤ」です。
先に述べたような特徴のコースですから、失敗のほとんどは「恐怖心によって、本当に危ない箇所に気をつけられなくなる」ということで説明がつきます。
ケース1 車が道からはみだしてます!
左カーブで多い失敗ですが、S字を進めていくなかで、運転席から見ると車の先端(ボンネットの部分)が右端からはみ出して見えるわけです。これをヤバいと考えて左にハンドルを回しすぎて左後輪が脱輪。これが最も多い失敗例です。
完全に恐怖心でメンタルもっていかれてますよね。その時だけシートから背中を離して背筋をピーンとして前のめり、ボンネットの先の先まで見たいんです!的姿勢にやられている感が漂います。でも…落ちるのは「タイヤ」であって車の先端ではないですから。ちなみにタイヤは車の先端には付いてません(バカにしてるわけではありません)。…そう思うように設計されたのコースなんです。いわばオモウツボ。
これの解消は簡単ですよね。落ちる可能性があるタイヤに注意し続けられればいいのです。右前輪はおよそ運転席のすぐ右前、右足の隣あたりです。目の前に見える車体の先端よりずっと手前についています。止まっている教習車を観察して、あらためて外側から確認するのもいいでしょう。
ケース2 内が危ないなら外攻めます!
ケース1のようなコースの特徴を考慮した上での失敗ですが、次に多いのはこれ。内側の脱輪から回避するために外側を大きく回りすぎるパターンです。これは左カーブの内側で脱輪した経験がある人や、今まで失敗したことがないスムーズに教習を進めている人もやりがちな失敗です。
「どこが危ないの?」が偏りすぎたパターンです。当然両サイドがに脱輪する可能性があるわけですから、両方に気を付けなければいけません。バランスが大事です。この失敗はある程度課題の理解ができている状態でのミスが多いので、「ちょっと攻めすぎたね」ぐらいの言葉で、その後すぐ修正できる場合が多いと思います。
ケース3 わけわかりません…
ケース1から始まり、今度は内側を気を付けるあまりケース2で失敗、また今度は内側、次は外側…こうなるともう沼。どうしてこうなるのか…どうすればいいのか…言われた通りやってるつもりなんです…最も陥ってほしくない最悪の状態です。これから立ち直るのはとても大変。正直検定も一か八かの状態でしょう。
これについてはこの状態をもたらした指導員と教習所に落ち度があると思います。こうなるような指導や進め方、指導員の割り当て、様々な要素を見直さなければいけないと思います。
ケース3はちょっと特殊ですが、ほとんどがこのような失敗のパターンになります。
これに対して多くは「ハンドルの廻しすぎ」「見ている位置が近い」「速度が速い」とか具体的な操作や動きを指摘する指導が多いと思うが、その手前の「なぜそうしたくなるか?」という根本的な部分を指導することがとても重要です。それが「どこが危ないのか正しく意識する」すべてこれにつながってきます。その意識の方向が正しければ、おのずと正しい行動につながってきます。これは毎回失敗のない同じ操作ができるようになるという意味ではなく、その時々に応じた適切な修正が出来るようになる状態になることです。
3.指導員も心して取りかかれ
ケース3の状態は何としても避けなければならないので、まず最初のとっかかりがとてつもなく重要。それは指導員の指導法にも相当左右されるということです。
あくまで私個人の考えですが…
・言質を取る!
・理解できた通り方が出来るまで絶対に脱輪させない!
・余計なアドバイスを追加しない!
これらをとても大事に考えていました。
1.言質を取る!
まず一つ目「言質を取る!」。
繰り返しになりますが「どこが危ないのか正しく意識する」が唯一のテクニックです。ということは教習生にそれを最初にしっかりと理解してもらう必要があります。
私の場合…
1.最初の案内走行でS字コースに入ってすぐのところで停止する。
2.「この最初のカーブを通るときに、教習生が一番落としやすいタイ ヤはどこだと思いますか?」と質問を投げかける。→正解を言わせる。指をさしてタイヤの位置を確認する。
3.「んじゃ、2番目に落としやすいタイヤはどこですか?」→2と同じ
4.「んじゃ、そこに気を付けて通ってみましょう」
5.次のカーブの切り替わるところまで進み、逆のカーブで同じやりとをする。
という事を行っていました。もし、案内走行で2回S字に入れるとしたら、ケース1とケース2の失敗例を実際にやってみせて「こんな失敗がパターンが多いんですよ」なんて前述を同じような話をしていました。この時に切り返しの説明もします。
ここで大事なのは「教習生の口から意識するべき箇所を引き出す」つまり「言質を取る!」ということです。ちなみに左カーブで一番落としやすいタイヤは左後輪。二番目が右前輪。右カーブなら右後輪、左前輪の順です。感覚的には7割ぐらいの教習生は一回で正解してくれます。逆に3割ぐらいはピンとこない教習生がいるという事です。指導員感覚からすれば「そんなの当たり前のことも気づかないのか」と思う方もいるかもしれませんが、初めてのことをやるんですから実際そんなもんです。左カーブで一番が右後輪と答える方もちゃんといます。まず間違いなく落とせないタイヤですけどね…。
この3割を沼らせないようにあらかじめどこが危ないかを明確にして「言質を取る!」ことが大事なんです。例えば、動く前に紙面で説明する方法もあるかと思いますが、他人から聞くのと、自分で言うのではその後の行動の責任感がだいぶ変わってきます。実際に教習生に練習してもらう際も、前置きとして言質を取ることによって非常に指導しやすくなると思います。失敗しそうな多くの場合で難しいことを言わずに「いま他のところ気にしたよね」的な指摘で通じてしまうからです。
2.理解できた通り方が出来るまで絶対に脱輪させない!
2番目は単純に脱輪しないように助けまくるという事です。
これについては課題に対する恐怖心、トラウマを植え付けないようにするためです。特に初挑戦や二回目での脱輪だとすれば、おそらく「えっ…なんで落ちたの!?」というのが教習生の気持ちだと思います。いかに練習前に念入りにポイントの説明が施されていたとしてもです。この失敗は何の意味もなく次につながることのない、ただただ怖いだけの失敗で、検定に対する不安を与えたり、余計な考えをさせるだけだと思います。沼に一歩踏み入れたと言ってもいいでしょう。
脱輪するのは自分で通れるようになってからで十分。教習生自らが「ああ~、今のはやっぱり落ちると思った」と思えるぐらいになってからでいいです。その段階であれば、なぜ失敗したかを自覚できるため修正は簡単だと思います。さらに「万が一こういう事もあるかもしれないから、切り返しもやっておこうね」という理想的なもっていきかたもできます。
こんな指導員もいますよね。「痛みをもってわからせる」失敗することで学ばせるスタイル。「とりあえずやってみて」とか言って失敗させ「難しいでしょ。だから真剣にやんなきゃだめだよ」的な。言語同断、愚の骨頂であることは言うまでもないです。
何より楽しくないよ。
3.余計なアドバイスを追加しない!
これは苦戦している場合に多いと思うが、ついつい指導員も熱くなりあれこれ引き出しを開けすぎる、それによって教習生が意識しなければいけない要素が増えすぎて混乱してしまう。こんなこともよくあると思います。
個人的に指導はわかりやすく、シンプルで、行程は極力少なくが理想だと思います。言い方を変えれば教習生には楽をしてもらいたいのです。そもそも運転なんて楽するためにするのですから。
一つ指導したらそれが出来るまで様子を見る、練習を繰り返してもらうことが必ず必要なわけで、失敗するたびに指摘したり、別のやり方を提供するのは逆効果になりやすいと思います。特にS字はそう陥りやすい傾向があると思うので、指導員もメンタルを揺さぶられないことが大事だと思います。
3.目印…
最後に…難しいと言われる課題であるほど「目印」というものが使われる傾向はどの教習所でもあるのではないでしょうか。教習所全体の方針では禁止しているけどいち指導員個人の判断で使われていたり。S字の通り方にもかなり広く使われているそういったものがあります。広めたくないので詳しくは書きません。
見印は毒です。甘そうに感じる毒です。例えば毎回、同じスピード、同じ位置、同じ角度などなど様々な条件を整えられれば同じように出来るでしょう。極端に言えば、座高、風景の見え方、その時の気持ちまでです。無理なんですよ。全部揃えるの。
例えば、その目印で今まで上手くいっていて、何かの違いで初めてミスした。こうなるとここからの修正は不可能と言ってもいいです。教習生もなぜ失敗したかわからないケースがほとんど。なぜなら、当たり前の方法を改めて上書きしようとしても、絶対目印のようなわかりやすいものは気になり続けるからです。
残念ながらこれを教習生の立場で回避する方法はありません。むしろ「わかりやすい!教え方がうまい!」とさえ感じられがちです。指導員が教習についてどれだけ考えているかによってしまうところが難しいところです。