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えもいっていとあはれ。
「すごいエモいね、この企画」
「それエモい」
大学生の頃、最初は何を言っているのかすら分からなかった「エモい」は今や、会社でも日常生活でもいたるところで聞くようになった。
実は企画で「エモい」という言葉に向き合うまで、私は「エモい」に対して若干のネガな印象を持っていた。
つい反射的に「エモ!」とか言っちゃうのだけど、心の中では「(あ、言っちゃった…)」みたいな・・・言葉と向き合うことを放棄してしまった罪悪感のようなもの。
そんなとき、1本のnoteの記事に出会った。
この記事によると、「エモい」は古語の「あはれ」の意味に通ずるものがあるらしい。
記事の中によると、「あはれ」の意味は下記とのこと。
「あはれ」
主観的、内面的に揺さぶられ、
しみじみと感じ入る感情に
対する言葉
なるほど。
一方で「エモい」の意味はwikipediaによると、
感情が揺さぶられた時や、気持ちをストレートに表現できない時、「哀愁を帯びた様」、「趣がある」「グッとくる」などに用いられる。
はー!たしかに「エモい」って「あはれ」だ・・・!
国語辞典編纂者の飯間浩明さん(@IIMA_Hiroaki)も三省堂の「今年の新語 2016」が発表されたときに言っている・・!
古代には、「エモい」とほとんど同じ用法を持った「あはれ」ということばがありました。「いとあはれ」と言っていた昔の宮廷人は、今の時代に生まれたら、さしずめ「超エモい」と表現するはずです。(「今年の新語2016」選評より) https://t.co/Mq1ppMDe2c
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) December 5, 2016
なんで使われなくなっちゃったんだろう・・・
「あはれ」がいつ使われなくなったのか、までは分からなかったけど、一般的に古文は700年頃~1600年頃(江戸時代)に書かれた作品までをいうらしい。
実は、文学史上の区別では、江戸時代までに書かれた作品が古文、明治時代以降に書かれた作品は現代文として扱うことになっています。
つまり、西暦700年頃に書かれた古事記や風土記から1600年頃に書かれた作品まで、約900年の間に作られた作品すべてを一括して「古文」というジャンルとして考えるわけです。
個別指導塾ノーバス北浦和本校「古文と現代文の区別はどこ?」より
明治時代といえば、日本の変革期。
近代化だとか、海外からの文化の流入だとか、そんな時代。日本と西欧文化が入り混じったあの感じはとても素敵だと思う。
でも、新しいを取り入れるときは、何かを失うときということもある。
新しく生まれ変わろうとした激動の時代の裏に消えていってしまった日本特有の感情を表す言葉。
新しい価値観、新しい生活様式、新しい技術、時代が大きく変わってきている今このときも、気づかなくなっている感情とかがあるのかな、とふと思う。
言葉の定義は人の意識をはっきりさせるけど、定義されていない感情が存在する。当たり前かもしれないけど、この事実にハッとした。
そして今この瞬間自分が感じていることをこぼさないように、何かしらの形にするっていう行動、いわば「表現」は、形になりきれない感情に向き合う大切な時間だなと思った。
「エモいって、なんか言葉と向き合うのさぼってるみたいでいやだな・・・」
そう思っていたけど、言葉では簡単には言い表せない曖昧で絶妙なニュアンスを表そうとしている、そう考えたら良い言葉なのかも。
そしてこの感情は新しく生まれたものではなくて1000年前の人達も感じていた感情、長い間定義されてなかっただけで、本当はずっと存在していた感情。
明日からはエモいって感情をもう少し素直に受け取ってみようと思った。
ライター:shiori