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本を作れば、誰かの足を動かせる(ZINEフェス東京出店記)
「今日はどんな1日になるんだろう」
そんな緊張感に包まれている心が、感覚をいつもより研ぎ澄まさせてくれる瞬間が好きだ。
外の寒さにいつもより心をキュッと絞られたり、コンビニでおにぎりの棚を真剣に見つめたり、座れる電車なのにソワソワして立ってしまったり。
30年近く生きている中で、いろんな感情に慣れてしまいつつある。だからこそ、「今日は誰に会うのかわからない」という気持ちは、ぼくの心に新しい風を吹かせてくれた。
「今日は、ZINEフェスに出店して、自分で作った本を売る」
そんなフワフワとしたつかみどころのない感覚と一緒に、会場へ足を進めた。
*
会場は浅草の東京都立産業貿易センター。10時前に到着した頃には、スーツケースを持った方がゴロゴロ並んでいた。
(出店者こんなにいるのかよぉ!)と驚いた。けれど、ZINEフェス以外のイベントも開催されていたので、別の方も混じっているかも。
無事に会場階へ到着。ZINEフェスでは、出店者は会場設営や誘導のお手伝いを1つ行う。ぼくは机の配置お手伝い。まっさらな会場に、机と椅子を並べていった。
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手伝いが終了し、自分のブース準備へ。すると、隣接ブースのつる•るるるさんととき子さんが到着。1人で黙々と作業していたので、一気にテンションが上がる。
お隣がお友だちって、こんなに安心できるの…!? しかも憧れの人たちと一緒に販売できるなんて。自分で作った本が、こんなにも自分を遠いところに連れていってくれるなんて思いもしなかった。一昨年の秋におふたりの本を買って、「自分も本を作ろう」って決意したんです。
隣のおふたりが楽しそうにブース装飾をしているのを、内心ニヤニヤと眺めていた。これまでお客さん側として見ていたものが、どんな風にできあがっているのかを知れてしまう。
まるで推しのアイドルのライブリハーサルを見ているようだった。(あのパフォーマンスは、この準備を通して生まれているのね…!)。平然を装いながら、心の中では両手を胸の前で携えていた。
そんなこんなで楽しくブースが完成。
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※何を販売したかはこちらに。
今回のテーマは、「とにかく新刊推し」。ZINEフェスは比較的ライトなものが手に取りやすいのかな? と思ったので、『喫茶店常連日記』を全面にアピールしたブースに。
会場オープン前の落ち着いているタイミングで、出店者同士でお買いものをする時間があった。「私はあっちの方でこんなZINEを売ってて」みたいなやり取りをするたび、「ぼくもクリエイターの切れはし…」と実感できるのが嬉しかった。
そして12時に開場。ちょこちょことお客さんが入ってくる。
つる・るるるさんととき子さんと「まだ落ち着いてますね〜」やら「人増えてきましたね」やら「お買いもの行ってきます!」と言葉を交わせるのが本当に嬉しかった。前回の文フリはソロ出店だったので、心の中でつぶやくしかなかった。感情をタイムリーに共有できる人がいること、自分にとっては大切みたい。
*
13時過ぎからだんだんと人が増え始める。最初は緊張して「インフルエンザ後初登校」みたいな声しか出なかったものの、徐々に通る方に声をかけられるようになる。
「同じ喫茶店に通い続けた日記書いてます〜」と言うと、一瞬顔を向けてくれる方がちょこちょこいた。「ぜひお手にとってご覧ください」というと、まあまあ試し読みしてくれる。
お客さんが本をパラパラとめくっているとき、出店側としては心臓バクバクで何をしていいかわからない。でも「これが即売会の醍醐味なのだ」とも思う。試し読みの結果、ブースを離れられると当然傷づく。けれど、この痛みがあるからこそ、「これください」と言ってもらえたときは跳ねるような気持ちが全身にめぐる。これだから本を作って売るのは、やめられない。
そして、ブースに立っている中で思ったことがある。
(お客さんが、結構話しかけてくれる)
昨年5月の文学フリマ東京にも出店しているので、それに対しての比較になるけれど。ZINEフェスはWebカタログもないし出店者一覧もないので、事前に情報をつかむことがほとんどできない。
よって、お客さん側としても「とりあえず行って現物見て、出店者に聞くしかない」みたいなマインドなのかもしれない。
「喫茶店に通ったのって、同じ店なんですか?」とか「今も通ってるんですか?」など話しかけてくださる方が多かった。試し読みも「とりあえず見てみるか」といった方が多かった印象がある。
そういった意味で、「本を通した人との出会いや交流」をイベントにおいて重要視しているぼくにとって、ZINEフェスはピッタリの場所だった。印象に残っている会話がいくつもある。
「もうすぐ全国転勤の配属地が発表されるので、その心づもりになれば」と言って転勤エッセイを手にとってくれた、新卒1年目のお嬢さん。
「note読んでて、Podcastも聞いてて、同じ声だぁ〜って、感激しています」と2冊どちらもホクホクとした表情で買ってくださった、ずっと前からのフォロワーさん。
「常連の定義ってなんだと思います?」と訊かれたので、「ミルクとお砂糖おつけしますか?って訊かれなくなったときです」と答えたら、思いっきり笑ってくれたお兄さん。
どこでぼくを知ったのか尋ねた際に「前回は友だちに買ってもらって、今度は逆に私が」と返ってきたセリフで「もしかして〇〇さんのお友だちですか? ということは…」と正体を当ててしまったお姉さん。
今思い返しても、心がはずむような心地にさせてくれるやりとり。本を売ってお金をもらっているけれど、ぼくは「交流の機会を売って、感情をもらっている」と思っている。
売っても利益は出店料で吹き飛んでしまうし、準備の時間はけっこうかかる。お金目当てだったらその時間タイミーでバイトした方がいい。
でも、ここでもらえる感情は他では味わえない。感情コレクターにとって、即売会はレア度の高い感情を発掘できる場所なのだ。
*
去年初めて自分で本を作り、今回は2回目の出店。自分が文章を続けて本を出すことで、誰かの人生を数センチだけ動かせているのかも、ということを実感した。
というのも、「よさくさんがいるからZINEフェスに来ました」というセリフを聞けたから。
ZINEフェスでは、出展者の方々が思い思いの世界観をブースに表している。売っているものは小説やエッセイに限らない。イラストやTシャツ、キーホルダーといった「作りたいから作った」という創作エネルギーの固まりを手に取ることができる。
ぼくが本を作ることで、「あなたの足を動かしてここに連れて来れた」ということが、本当に本当に嬉しい。このエネルギーに触れたら、自分の中にうずまく「表現したい」という気持ちが芽吹くかもしれないから。
そうして、来てくれた方がZINEフェスまるごとから濃厚な感情をお土産として持って帰ってくれていたらいいな、と思う。
ぼく自身も、過去に人からもらったきっかけと創作エネルギーで、ブースに立てているのだから。
昨日あなたからもらった力で、これからも書きます。またいつかどこかで、お会いできますように。
【追伸】
おかげさまで、新刊『喫茶店常連日記』は完売しました! 次回の出店は未定ですが、どこかのタイミングでもぞもぞ動き出すかも…?