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後方厳禁

これはまだ学生の頃、夏休みといっても金のない学生だったから、生活とちょっとの遊ぶ金を捻出するために、毎日バイトを入れた時期があったんだ。

もちろん、たくさんのバイトを掛け持ちで、週7で働いていたこともあったけ…
これは、そんな中で単発で入った奇妙なバイトの話。

バイトの内容は夜間の交通整理だった。ただし、普通に工事現場などの前を通行止めにして、整理をするという内容ではなく、何もない場所を夜中の間だけ車が通らないようにするというものだ。

しかも報酬は日給で50万円。いかにも怪しすぎる内容。でも、夏休みの遊ぶ金がどうしても欲しかった俺は、このバイトに飛びついてしまったのだ。

バイトに申し込むと不思議なくらいすんなりと採用されて、当日の昼に仕事内容の説明を受けるということで、都内某所の公園で待つように連絡があった。

当日公園に行くと、強面のおにいさんに声を掛けられた。

「きみ嶋田くん?」

「あ、はい…そうです…」

「そうか。じゃあ、バイトの説明をするからあっちの車で待ってて。」

そう言われて車に乗り込む。
(絶対にヤバいバイトに応募しちゃったなぁ…)
後悔する気持ちが今更ながら湧いてきたが、もう後戻りはできない。

車に乗ると運転席にこれまた強面の男が1人、そして後部座席に3人の男女がいた。
俺も後部座席に座ると、気まずい沈黙が続く。耐えられなくなって口を開いてしまう。

「あ、えっと…嶋田っていいます。よろしくお願いします。」

 それをきっかけに3人もそれぞれに自己紹介をする。
・背の高いひょろっとしたお兄さんは田中さん
・小太りのおじさんは池田さん
・おっとりしておとなしい女性は松田さんという名前だった。

こんなバイトに申し込むくらいだから、それぞれ何か事情はあるかもしれないが、それを聞けるようなポップな雰囲気ではなかった。

そうこうしているうちに強面のおにいさんが戻ってきて車が発信する。

窓にはスモークが貼られているので、どこへ向かうかはわからないが、恐らく1時間くらい移動をしたころ、車が止まり、恐らく山道の中に立つプレハブ小屋で降ろされた。

プレハブ小屋には、太った作業着の中年とガタイが良い青年が待っていた。

太った中年がどうやら上司らしく、俺ら4人にバイトの内容を話始めた。

「ようこそみなさん!今回皆さんに担当してもらうのは、この小屋から少し離れた、とある場所の警備です。なに、簡単ですよ。21時から翌朝4時まで、その場所に車や人が入らないように通行止めをして、迂回するように説明をしてもらうだけです。」

本当に簡単な内容だった。工事現場とかで経験があるようなバイト内容だ。しかも時間もそこまで長くない。そう思っていると、小太りの中年は奇妙なことを言い始めた。

「ただし、警備中に絶対に後ろを振り向かないでください。何が起こってもです。
皆さんの中には、今回の報酬があまりに高いことに危険な仕事なのではと思っている方もいるかもしれません。
たしかに、危険なことが起きる可能性はあります。しかし、それは“うしろを振り向いた時”だけ起こるのです。
だから、絶対に朝まで後ろを振り向かないでください。」

そう、固く念を押される。

夜になりバイトが始まる。
ガタイの良い作業服の方は後藤と言って、この現場を仕切る存在だ。

「4人とも、今から等間隔に並んで警備をしてもらう。車が来たら、今の時間は通行止めしているから、迂回して欲しいと伝えろ。
で、絶対に朝まで後ろを振り向くな。なにがあってもだ。」

そして俺は後藤も入れて5人の真ん中に配置された。

はじめの2-3時間は、たまに来る車に通行止めの説明をして引き返してもらうだけで、あとは大概暇だった。

暇だと「振り向くな」と言われた内容が気になって、好奇心で後ろを向きたくなる。

その度に隣にいる後藤に「おい。後ろを向くなよ。」と言われる。

「すいません。でも後ろ振り向いたらどうなるんですか?」

「それは言えない。でも死にたくなかったら、振り向くな。」

一体なにが起こるんだよ。
そう思っていると、後ろから微かに音が聞こえてきた。

ザリ…ザリ…
何かを引っ掻く音

ザリ…ガ…ザリ…
コンクリートを抉るように何かが地面を引っ掻いている

その音が1つではなく、複数聞こえる。

後ろに急に何かが現れて、蠢き始めている。

急に寒気が走る。

今、振り向いたら、何か起こりそうなのは確かだ…

横目で後藤を見る。
慣れているのか、表情には出さないが、軽く冷や汗をかいているように見える。

反対の隣にいる田中さんも異変に気づいたらしく、明らかに動揺して震えていた。

一気に緊張感が張り詰めた中、徐々に異様な雰囲気になり始めても時間までここに立っていなければいけない。

そう思って2時間くらいたった時、一台のバンが近づいてきた。

止まった車に声をかける。

「すいません。今日ここ通行止めなんです。朝の4時には解除になるので、迂回をお願いします。」

と、車のドアが開き、異様な格好の男たちが出てくる。

白いローブみたいな服に白い頭巾というかマスクみたいなので顔を覆った男達。
4人ともデカい…

彼らは無言で俺らを押し退けて向こうへ行こうする。

「ちょっ…」
そう言いかけた時、横から後藤が出てくる。

「すいません。ここは通せません。」
そう後藤が凄んでも向こうは引く気はない。

先頭の男が手を挙げる。

すると素早く後ろの男達が動き後藤を取り押さえる。

「嶋田!止めろ!!」
後藤の怒号が響く。

狼狽えながらも、白頭巾の男の方へ行こうとした時、横から急にすごい衝撃が飛んできた。

頬が熱い。
多分思いっきり殴られた。

そして、すごい力で床に押さえつけられていた。

少しだけ動かすことができた頭で相手を確認する。
…池田さんだった。

「ごめん。嶋田くん。こうするしか…こうするしかないんだ!」

池田さんは必死の形相で俺にそう言う。

後ろからバリケードを超えていった男の声が聞こえる。

「おお、素晴らしい…これだ…これを待っていたんだ。これこそが救いだ…」

いったい後ろで何が…

振り向こうとするときに
「おい!田嶋!絶対に後ろを見るな!!」
後藤の怒号が聞こえてくる。

振り向くのを我慢して、池田さんに目をやる。
池田さんは後ろを振り向き、怯えた表情をしていた。

「ああ…そうか…そういうことだったのか…」
池田さんはそのまま跪き、祈り始めた。
そしていきなり、弾けた。

伝わるかわからないが、文字通り弾けたのだ。
人の形をしていたはずが、まるで風船が割れるように、目の前でいきなり皮膚が吹っ飛び、液体が飛び散り、中身がそこら辺に散乱したのだ。

唖然とした。
そして「けして後ろを振り向いてはいけない」という意味をはじめて理解した。

そうして呆けていると、後ろから奇妙な音が聞こえてきた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ」
恐らくさっきの男だ。
悲鳴とも取れるような奇妙な叫びを上げ続けている。

だんだん叫びが高く大きくなっていく…
そしてヤカンみたな音を最後に音がやんだ。
男がどうなったかを確認したいが、後ろを振り向いて池田さんみたくなりたくない。

だが、どうやら白頭巾の男も弾けたようで、その前を警備していた田中さんに臓物や液体が降り注いだ。

先程までの騒乱も相まって限界に達したのだろう。
田中さんは、叫び声をあげ後ろへ振り向いてしまった。

田中さんは、すぐにその場に膝をつき、崩れ落ち、そして口と目から大量の赤い液体が噴き出して倒れた。

一体何が起こってるんだ??
我慢できずに後ろを振り向いてしまいたくなる。
抗えない恐怖と欲求で後ろを振り向こうとしたとき。

白いバンがやってきた。
最初に僕らを乗せてきたチンピラ二人が出てくる。

男達は、後藤を取り押さえている白頭巾の男達へ歩いていくと、無造作にそして表情一つ変えずに、懐から取り出した銃で撃ち殺してしまった。

そして、そのまま僕と松田さんに封筒を渡してこういった。
「お疲れ様。これは約束の報酬だ。あと、もう後ろを振り向いても大丈夫だ。まぁ後ろには何もないけどな。
あ、あと今日あったことは他人へは話さない方がいいぞ?理由はわかるよな??」

さっき人を殺したばかりの銃口がこちらを向いていた。
俺は黙ってうなずく。

そして車に乗ってもとの集合場所に戻されて解放された。

このバイトで一番恐怖したのは、
結局正体がわからない後ろにいた存在でも
それを見てしまった人たちが死んだことでも
そんな存在よりもあっさりと人を殺したヤクザ達でもない

俺は見てしまったのだ。
騒動の最中に終始後ろを振り向いたまま恍惚をした表情で微笑んでいた松田さんを。

なぜ彼女が無事だったのか。
結局真相はわからない。
でも、それでいいと思っている。
次にあの状況になってしまったら、きっと俺は後ろを振り向いてしまうだろうから。


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