人の気持ちを慮れたら、さぞ
転職を身近な人に相談するたびに、「たぶんどこでもそこそこやれるとは思うけど、コンサルはまじでお前に向いてるからよく考えた方がいい」と言われる。
自分でも何となくそんな気がするなと思いつつも、そう言わしめる原因は何だろうと考える。
多分私は、人の気持ちを慮る能力がめちゃくちゃ欠けているのだ。
欠けているというと少し語弊があるかもしれない。仕事を進めるために優先順位を付けた時に、人の気持ちを慮ることが上の方に来ないのだ。
プライベートでは人を傷つけることは言わないぞと徹底して言葉をオブラートに包もうとするのに(ちゃんと包めているかは知らん、心がけの話)、仕事となるとすっとそれを忘れてしまう。
正しいことを正しいように言って、それでムカつく人がいるなんてことは全く忘れてしまうのだ。
今のクライアントは典型的なJTCで、何をするにも第一に人の気持ちを考えることを求められる。
人員削減をしたいけど余剰人員とは言ってはいけない、活躍先未定の人員と書きなさい。とか、
仕事の遅い部署からPJを取り上げて進めたいけど、進んでいないと書いてはいけない。コツコツやってきたがスピードが上がり切らないと書きなさい、とか、
XXX部のミスと言ってはいけない、双方の誤解と書きなさい、とか。
くそめんどくせえこと、この上ない。
行為の間違いを指摘すること=人を責めることではないと切り離して考えれば、仕事の場において何かを指摘するのに心遣いなんていらない。
ただ、そういう心遣いが無駄だと言い切ってしまうのは早急で、切り離して考えることができない人が大多数を占めるJTCにおいては、むしろそれをすることが一番合理的な進め方なのだ。
心遣いなんて律速要因でしかねえという思想が通用するのは、移り変わりの速い会社で上司・同僚に忖度をする必要がなく、クライアントに対しても第三者的意見でばっさり切りこむことを求められるコンサルだからこそなのだ。
心遣いをせずとも正しいことをちゃんと言えるだけで褒めてもらえる世界、なんて私にやさしい世界なんだ。
そうだ、思い出してきた。現に私も散々そういう”慮り”をしなかったがために痛い目に合ってきたじゃないか。
人の気持ちを考えることが最優先のウェットな女子校の部活仲間に、むちゃくちゃディスられてきたのを忘れたのか。
もっとXXXちゃんの気持ち考えてよ!とか、
XXXちゃん泣いちゃったじゃん!とか、
あなたの話し方は尋問みたい!、とかとかとか。。。
人の気持ちが一番大事!というような会社に転職したら、間違いなく高校時代の二の舞だ。
スキル的な面はさておき、「コンサルに向いている」と言われるのは、こういうドライで空気を読めない性格を一番優しく指摘してくれている言葉のような気すらする。
人の気持ちを慮ることさえできればさぞ選択肢は増えるだろうに、それがどうしてもできないのだ。