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濡れてる。


 あなたは、雨の中からやってきた。

 その日は少し肌寒かった。担任の話がめずらしく短かく済んだので、早く帰れることが嬉しくて私は帰り道を足早に歩いていた。ちょうど商店街の入り口に差し掛かったところで、それは灰色の地面にまだらな模様をつくりだした。

 街の底はあっというまに黒に覆われた。私は仕方なくシャッターの閉められた店の、ビニール屋根の下に潜り込んだ。
 臨時休業致しますの文字が白い紙の上でうねっている。それは風が吹くたびに大げさに翻る。紙を一箇所しか留めない店主は、その日妻に怒られたというだけで臨時休業にしそうだった。

 雨足は強くなりばかりだ。水の重さが地面をはげしく叩いている。視界が白んで、私は外の世界から隔絶されてしまった。
 人通りはない。先ほどからそこまで多くはなかった。私以外の人間は、カバンの中から小さな雨除けを取り出して、自らの空間を作り出していった。
 私の空間はそこにはない。
 吹く風が雨を誘いこんで、私の頭や制服をいたずらに濡らした。
 冷たくて瞬きした。
 向こうの方から、人影が近づくのが見えた。

 それはあなただった。
 カバンを頭の上に掲げて歩き進むあなたは、私の姿を見とめるとビニール屋根の下に入ってきた。
 上から下までびしょびしょで、服の裾からもう一つの雨を降らしていた。
 透けた素肌が私の心を奪った。あなたはうんと肌の白い人だった。暗い世界に覆われた中で見るあなたの顔は、青白くてどこか憂鬱そうに見えた。

 私たちはなんの言葉も交わさなかった。ただ世界が私たちを妨げるのを静かに見守っていた。
 辛くなかった。あなたがそこにいたから。
 私があなたを見つめると、あなたは何も言わないで微笑んだ。こちらを向いていない睫毛の先が、小さな滴を落としていった。
 綺麗だった。
 このまま、時が止まって仕舞えば。
 そう思うにはお腹が空きすぎていた。早くお母さんの作ったハンバーグが食べたかった。私がやまないね、と言った。あなたはなにも応えなかった。
 そんな言葉とは裏腹に、遠くの方から陽の光が差し込んでいた。だんだんと雨の粒は軽くなり、いつのまにか霧吹きほどの蒸気に変わっていった。

 目があった。
 唇が触れた。
 冷えた体に、体温が奪われていった。
 間近に見るあなたは、一層美しかった。
 離れても視線が解けることはなかった。
 あなたの瞳は、ずぶ濡れだった。
 あんなに雨の中にいたんだもの。
 早く帰って着替えないと、風邪をひいてしまう。
 帰ろ、私が言った。うん、あなたが応えた。
 底に作られたいくつもの小さな湖に、沈む夕日が反射していた。私たちはわざと、それを蹴って這いつくばる空を歪ませた。
 朗らかな笑い声が商店街に響いた。
 二人分のスカートが、小さな通りに揺らいでいた。


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←これ実は、猫じゃなくて、狼なんです。