【小説】吾輩は猫だった(4)
「うん、そ、そうか……、で、どんな字だったんだい?」
「ふふっ……、焦るなよ。えっとなぁ、御礼の『御』に、『通る』に、便利の『便』って云う字を書いてたゾ」
「御礼の『御』に『通る』に便利の『便』?」
「そう」
「御・通・便……」
「馬鹿だろ?」
「………………」
吾輩が猫だった頃の主人、漱石も色々と当て字を作っていたが、この現在の主人も大概なものである。
「ほじゃけん、便が通る処、解る……?」
「おいちゃん、携帯の辞書に載ってないわ……」
「おっ、そうか、載ってないか? ほなな電話、捨ててしまえ!」
「ガハハハ……、ケン、捨ててしまえ!」
「おい、そんな事ぁ、どうでもええけん、、えっと、お前等、ちゃんと聞け!」
「ゴメン、おいちゃん。で、なんだっけ……?」
「うん、便が……」
「便が……」
「大便がぁ……」
「大便が?」
「……出る時の、外に出る時の、扉っちゅう意味じゃのぉ」
壁を貫通して来る声を拾うかぎり……、こいつら、昼間っから酒でも飲んでいるのかしら?
「因みに『御』は仰々しい云い方じゃわいねぇ。敬っとる訳じゃ……」
「ガハハハ……、敬うてて、ウンコを敬うん?」
「馬鹿、ウンコを馬鹿にするなよ! ウンコは健康のバロメータなんじゃけんね! おいコラっ、ウンコ云うな! ワシは、わざわざ『便』って云よんじゃけん……」
馬鹿である。
「ほんなら、おいちゃん、『ス』は? オツベのスの『ス』はどう云う意味?」
「スぅかね、スぅ云うたら……、教えたげよか? えっと、ちょっとそのエンペツ取っとぉみん……」
なに? ス? おいおい、どんな字だ?
「……えっと、漢字では、スイスイスイっと、こう書くわいのぉ、燕の『ス』の『ス』じゃ……」
燕の『ス』? あっ、『巣』……。クソが付く馬鹿である。
「えっ、巣? 燕の『巣』の巣?」
「うん、巣じゃ。蜂の巣の『巣』じゃ。巣と云うたら、住処っちゅう意味じゃ」
「う、うん……」
「今まで身体におった訳じゃがネ」
「えっと、それはウン……」
「ストップ! 皆まで云うな! このバカチンが! これからは便と云え!」
「なんで? ウンコでええやん」
「文学的かつ社会的かつ精神的な真面目な話じゃけん、ウンコって云うたらジャラジャラした話に成り下がろうがね」
おい、守太、やっぱり房之介は酔っていたか? えっ、シラフ? あいつ、凄いな……。
「あっ、そうなん? ゴメン……」
「うん、気をつけてつかぁさい。ほんで、なんじゃったかいねぇ……」
「えっと、スの話じゃ、おいちゃん。スぅ、云う字が……」
「そうそう、それじゃがね。その、スぅの意味じゃがね。要は、云うたら……、巣立つ訳やんか?」
「えっ? 巣立つ?」
「そうじゃがね、放出されるんぞね! 親離れじゃがね!」
「ウンコの親離れ?」
「おい、ウンコ云うな!」
「ガハハハ……、おいちゃん、それホンマなん?」
…………。ホンマの訳が無いのである。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?