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創作BL「ドードー広場の新道さんは」

 ここは子育て中の人がだれでも使えるドードーひろば。木造建築の清潔で明るくきれいな施設に、厳選されたたくさんのおもちゃは0才のあかちゃんから遊べる。小さいけれど、利用する保護者のニーズにも応えるために茶話会から相談もできる子育て支援施設。子育て家庭のみんなにたくさん利用して欲しい。大変なこともあるけれど、みんなが楽しく育児をして欲しい。そんな願いで運営をしているのだが――

「誰も来ねぇーー!!」
 なんでだよ! と声を荒げるドードーひろばの館長、東新道に俺は小さくため息を吐いた。そわそわと館内をうろつく新道さんを横目に事務作業を再開する。強面の顔にエプロンがミスマッチだ。
「誰も来ない日だってありますよ。じゃまですからうろつかないでもらえませんか?」
「それはすまん! でもだって、昨日も誰も来なかったんだぞ!? 木のおもちゃを中心に子どもが安心して遊べるおもちゃが揃ってるし、保護者も楽しめるように落ち着いたインテリアをそろえてる! 厳選された絵本だっていつでも読める! スタッフはみんな保育士とかいっぱい資格持った人間なのに! なんで利用者来ないんだ!」
「俺は持ってません」
「理想的な施設ではあるんですけどねぇ」
 新道さんの愚痴にもにこにこと返事をしているのは女性保育士の本間さんだ。絶賛育児中の本間さんが言うのだから間違いないのだろう。いつもニコニコとしている本間さんは、次の読み聞かせ用の絵本を選んでいる。
「最近お天気がいいからみんなお外で遊んでるのかもしれませんね」
「……まぁ、強いて言うなら新道さんの顔が怖いからじゃないですかね」
「花村! お前……俺が気にしているとことを……!」
 ぐうう、と新道さんは唸り、鏡の前で自分の顔を触った。あぁ、やってしまった。と俺は仕事をしながら密かに落ち込む。釣り目で猫顔の新道さんはクールな印象が強く、確かに怖いと称しても過言ではない。だが敬遠されるほどのことではない。けれど新道さんが落ち込む姿が可愛くて、つい、意地悪を言ってしまうのが俺の悪い癖だ。本当は本間さんのようにやさしい言葉をかけたいのに、俺はいつも新道さんを困らせることばかり言ってしまう。でも、あぁ。今も自分の顔を鏡で見ながらどうしたものかと悩んでいる新道さんがほら、可愛くて仕方がない。
 ドードーひろばは子ども好きの新道さんが建てた施設だ。新道さんは独身で恋人もいない。それでも子どもとかかわる仕事がしたいし、育児で疲れている母親や父親を少しでも助けられたらとこの施設を造った。俺は開設時の求人がたまたま目に入ってここに来ただけなんだけれど、一緒に働くうちに新道さんの理念や、思い、人柄や優しさに惹かれて、俺はいつの間にか新道さんのことが好きになっていた。とは言え、新道さんは子ども好きだ。今でこそ恋人もいない身だがいつかは素敵な女性と結婚して、自分の子どもを育てたいと思っているはずだ。そんな人に俺が告白したって困らせるだけで。実る可能性なんて、万に一つもない。俺は今まで通り、ずっと新道さんの側で働けていたらそれでいい。

「あの、こんにちは……。ここ、子どもの遊び場って聞いたんですけど」
 がらら、と音を立ててひろばの引き戸が開く音がする。すかさず飛び出そうとする新道さんを俺は抑え、事務所内へと彼を引きずり戻した。代わりに本間さんが優しい笑顔でするりと出迎えに向かう。母親が胸に赤ちゃんを抱き、足元には二歳くらいの男の子がいた。
「こんにちは〜! どうぞどうぞ! 中に入ってください! 靴はそちらにおいてくださいね」
「あっ、ありがとうございます。けいくん、おくつここだって」
 出迎えたい新道さんは俺の拘束を解こうともがもがと抵抗するが、俺の方が体格が良いため逃れることができない。俺は小さな声で「今あんたがでてっても怯えさせるだけですから。今は本間さんに任せて、落ち着いたら行きましょう」と声をかける。ひろばの中へ入っていく親子の様子を見て落ち着いたのか、新道さんは抵抗を止め「わかったよ」とぽつりと返事をした。俺は新道さんの拘束を解き、二人で施設の説明をする本間さんを見守る。
「ガツガツしてる俺が行くと、母親怯えちゃうよな。俺さ、誰か来てくれると嬉しくってつい勢いよく行っちゃうから……びっくりしちゃうよな。花村が冷静でいつも助かるよ。ありがとな」
「……いえ」
「あっ、説明終わったみたいだ」
 新道さんは俺ににこりと笑って、それからゆっくりとお客さんのところへと向かった。新道さんは母親が警戒しないように距離を取って、少し離れたところから何気ない会話を始めていく。時折子どもにも声をかけ、一緒に遊び、母親の警戒を解いていく。「今日はこれから相談会があるんですよ~」などと言って、会話を弾ませていく新道さん。俺はだんだんと笑顔の増していく新道さんをぼんやりと眺める。意地悪を言って新道さんを困らせるのも好きだが、子どもと楽しそうにふれあい、自然な笑顔を見せる新道さんを見ると、俺の胸の内がぽっと暖かくなるのだった。

 ドードーひろばでは毎月いろいろな講座や相談会がある。絵本の読み聞かせやリトミックなどの親子で楽しむ講座や、育児相談や栄養相談ができる時間などが毎月定期的に開催されている。読み聞かせやリトミックは本間さんと新道さんで行うが、相談系は公認心理士や栄養士など、専門の先生に来てもらい来所者の悩みを聞いてもらう。俺は子どもに興味がないから聞くことはないが、新道さんや本間さんはお客さんたちに交じって一緒に聞いていることが多い。新道さんは疑問に思ったことは一緒に聞き、不安が解消された母親とは一緒に安堵し、対策が必要なときは一緒に考えてあげる。いつでも育児中の人の味方で、こどもたちのことを一番に考えている。最初こそとっつきにくい人だが、そんな新道さんを慕って応援してくれる人も多い。もちろん、俺もその一人だが、ここの来る女性がみんな、既婚者であることを俺は心底ありがたいと思っている。
「あの、ちょっとトイレに行きたいんですけどこの子見ててもらえますか?」
「……アッ! ハイ! ……ほ、本間さんッ! ……お願いします!」
 あ、来た。と俺はぎこちない返事をする新道さんの方を見た。呼ばれた本間さんがいつものように朗らかな笑顔で7か月ほどの男の子を抱いている。急いでトイレに向かう母親と、急に母親から引き離され、泣きじゃくる子ども。本間さんは子どもをあやしながらゆらゆらと揺れながら歩いていた。遊びに来る子どもたちの年齢は主に0歳から三歳の子たちだ。子どもが小さければ小さいほど、出がけで困る親のトイレ問題。うちではトイレに限らず、短い時間であれば保護者に変わってその場で子どもを見ることがある。
「相変わらず、すごい顔」
 俺は子どもをがん見しながら本間さんの横を付いて回る新道さんを見てクスリと笑った。他の利用者の大人が若干引いている。それから我に返った新道さんが怖い顔のまま事務室へと戻ってきた。大きく息を吸い、深く深呼吸をする。
「めっっっっちゃ! かわいいいい!」
「はいはい。わかりましたから。今日もよく耐えましたね」
「ああ~! 辛い! 辛いけど可愛い! 癒される! 天使たちよありがとう!」
 だらしない緩み切った顔をしている新道さんを見ながら、俺は(可愛いのはあんたの方だよ)と心の中でこぼす。新道さんは子どもが好きで、本心は自分が一番に子どものことを見てあげたい。けれど、新道さんは男だ。男性が率先して子どもを抱きたがることを良く思う保護者はあまりいない。おかしな性癖を持っていないだろうか、自分がいない間に何かするんじゃないだろうか。そんな風に思われてしまったらアウト。もう二度とひろばには遊びに来ないだろう。いろんな事件があったからこそ、新道さんは絶対に自分から進んで子どもに触れることはしない。けれど、子どもに触れたい感情を我慢していると、顔が強張り表情が怖くなってしまう。それも新道さんの顔が怖いと言われる理由のひとつだ。何も知らない保護者は怖いと思っても仕方ないだろう。急に、どんっ、と肩に重さがかかる。
「花村、お前もたまにはひろばに出て来いよ。子どもと遊ぶのも楽しいぞ」
 新道さんは俺の横に腰かけ、俺の肩に頭を乗せてもたれかかる。俺は急な新道さんからのスキンシップに心臓がバクバクと高鳴った。新道さんが触れている肩が、異常に熱い。あぁ、好きな人に触れられて正常でいられる人間が羨ましい。
「俺は、保育の資格とか、無いですし」
「無くてもさ、見てるだけでも癒されるぞ? 俺だって見てるばっかりだし。子どもたちはさ、大人にはない自由な発想と遊びで毎日感動だらけだ」
「そう……ですか」
「まぁ、気が向いたら来てみたらいいさ。事務頼ってんのは俺だしな。花村、いつもありがとな」
「……仕事、ですから」
 新道さんと密着した部分から熱が広がり俺から思考能力を奪っていく。心臓の音が新道さんに伝わってしまいそうで怖かった。でも、それ以上に彼の熱がたまらなく心地よかった。新道さんの優しい言葉に対してそっけない返事しかできない自分が嫌だった。そんな俺にも新道さんはいつでも優しい。みんなに優しいこの人を、俺が守ることができたら。新道さんがいつでも笑顔でいられるように、俺はずっとそばにいてあげたいと思った。

 午前中の利用者が帰り、昼休憩を終えて暇な時間を利用して、新道さんと本間さんは壁面づくりの作業を始める。ドードー広場では壁面の一部を時期に合わせて飾り付ける。日本は四季の国で、一年をかけていろんなイベントがある。春は桜、端午の節句に梅雨、夏は七夕、秋にはお月見。冬は雪にクリスマス。正月、節分、雛祭り。保育園や幼稚園ではないので前面に押し出すことはないが、季節感は大事にしたいのだと新道さんはいつも言っていた。
「壁面、めんどくせぇなぁ」
 新道さんは顔をしかめてスマホの画面を食い入るように睨む。夏に向けておしゃれに季節感が演出できないかと模索中だ。机の上には去年の壁面飾りが並べられている。
「新道さん壁面づくり好きじゃないですか」
 俺はスマホで参考になる壁面を検索しながら新道さんをちらりと見た。悩んでいる新道さんも毎度のことで、それが可愛らしいとも思うし、力になって満面の笑顔にさせてあげたいとも思う。
「作るのは好きだけどさ、俺ってセンスがないんだよな。全部保育園になっちまっておしゃれになんないの」
「確かに。おしゃれな壁面飾りで季節感をってなかなか難しいですよねぇ」
 本間さんも頷きながら材料の入った棚を探った。「癒しの空間かぁ」とつぶやきながら画用紙や折り紙を取り出す。
「折り紙も良いですけど、安っぽくならないようにしたいですよね」
「だな! 利用するみんながまた来たいって思ってくれるようなストレスリリーバーな空間にしたいんだよ」
 新道さんはそう言ってドードー広場の中を見渡す。俺も同じように視線をぐるりと巡らせてみる。ドードー広場の建物は木造建築で、それだけでも趣のある空間ではある。これを常に清潔感のある癒しの空間に、それでいて子どもたちが安全に遊べる楽しい場所にブラッシュアップさせなければならない。
「そんなんムリだろ……」
 思ったままにポツリと本音が零れる。特に他意はなく、自分の能力の無さを嘆いたつもりだった。だがその言葉を聞いて、新道さんは小さくため息を吐いて「無理、か……」と表情を暗くさせた。俺はそんな新道さんにそんな顔を差せてしまったことに慌てる。
(しまった……! 新道さんを傷つけるつもりはなかったのに……!)
「あっ、あの……! おれ……!」
「花村! 今日仕事終わったら桜街に行くぞ!」
 決まりな! と新道さんはさっきまでとは打って変わって明るい笑顔で俺に顔を近づけて言った。間近で見る大好きな新道さんの笑顔に俺はほっとすると同時に、心臓が弾けそうなほどドクンと鳴った。混乱でバクバクと鳴る心臓とぎこちなくなりそうな挙動を抑えて俺は平静を装って返事を返す。
(このタイミングで出かけの誘い!?……気分転換に食事とか……!?)
「さ、桜街、ですか? い、いいですけど、なんですか急に……」
 一瞬、チラリと新道さんとの関係が進むのでは、と期待をして新道さんに問うと、新道さんは俺のことをまっすぐに見ながらにこっと笑う。
「桜街っつったら最新ファッションやおしゃれなインテリアが集まる場所だろ! 最近のトレンドとか便利グッズとかも知りたいし、花村にもその辺勉強して欲しいしな。あ、ついでに新しいおもちゃも見たいな。俺もお前も感性磨いていかないとな! モサいおっさんがやってるモサい空間じゃダメだ!」
 新道さんの意図が分かり、納得する反面少しだけがっかりした。関係が進展するだなんて、何を俺は期待しているんだ。向上心があって、
「……本間さんはいいんですか?」
「私は子どもが小さいから無理かな。終わったら保育園に迎え行かなきゃいけないし」
「自由なのはひとりもんの俺とお前だけだな」
 じゃあ決まりな! と新道さんは俺の背中を叩いて壁面づくりをやめた。本間さんはくすくすと笑い、ピックアップしていた材料を棚の中に戻す。新道さんの勢いにあっけに取られていると、本間さんにとんとん、と肩を叩かれる。
「東さん、この間行きたいレストランがあるけどひとりじゃいけないって言ってたから、そこに一緒に行って欲しいんじゃないかな」
「へ?」
「さりげなく聞いてみたら? ご飯おごってもらえるかもね」
 がんばれ! と本間さんは小さくガッツポーズを作る。それに対して俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。本間さん、もしかして俺の気持ちに気付いているんじゃないだろうか。本間さんのことは気になるが、新道さんの情報はありがたいと、心の中でお礼を言った。

 仕事が終わり、俺と新道さんは桜街へ向かう。ならんで歩きながらたわいもない話をするが、俺はずっとドキドキしていた。ひろばでは常にエプロンをしているためあまり感じなかったが、オフになってエプロンを外した新道さんは体のラインがはっきり見えてとてもセクシーに見えた。ジーンズを履いた足はすらりと長く、きれいだ。会話をしながら歩き、時々無言になっても居心地は悪くない。むしろ、だんだん夜になっていく街を新道さんと眺めながら歩くのは特別なことに思えた。
 桜街について新道さんと本屋を見たり、ベビー用品店を回り、インテリア雑貨店を巡る。木のおもちゃの専門店にも寄り、二人で可愛らしいおもちゃにほおを緩めた。新道さんが木製ブロックの積み木に夢中になっている姿が可愛らしく、俺はこっそりと新道さんをスマホのカメラで写真に撮った。
 新道さんの行きたい場所を行き終え、このまま解散になりそうな雰囲気が流れる。俺は本間さんの言葉を思い出し「折角来たんだし、行きたいレストランとかがあるなら行きませんか?」と新道さんを誘った。新道さんは一瞬驚いたように目を大きくし、それから嬉しそうに「いいのか!?」と声を上げた。頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべる新道さんに俺は声をかけてよかったと心から思う。喜ぶ新道さんが勢いでか俺の手を握ったときは幸せな気持ちでこのまま死んでもいいかもしれないと思うほどだった。だが、ルンルン気分の新道さんに手を引かれるまま連れてこられたのは桜街から少し離れた場所だった。街の喧騒から次第に離れていき、どこへ行くのだろうかと思っていると、着いたところに俺は思わず顔を引き攣らせた。
「新道さん……ここ、産婦人科病院ですけど……」
「いやー、ここの中に入ってるレストランがママたちに人気でさ! ずっと行ってみたかったんだけど流石におっさんひとりで入るのはどうかと思ってよ。花村がきてくれるって言うから今日しかないだろ!?」
 目をキラキラさせている新道さんを他所に出入りする客や店の中の様子をちらりと伺う。ホテルレストランのような優雅な店内には赤ちゃんや小さな子どもを連れた家族や、出産を控えているのであろう夫婦ばかり。男一人客どころか男性ペアのお客もいない。これはこれで白い目で見られるのではと心配するが、新道さんが楽しそうにしているので俺も腹を括ることにした。やましいことをするわけではないのだ。
 中に入って席に着き、メニューの中からそれぞれ好きなものを注文する。料理が来る間、人目が気になっていた俺とは違い、新道さんはとても幸せそうな顔をしていた。
「随分嬉しそうですね。そんなに来たかったんですか?」
「ん? あぁ、いや。それもあるけどな、やっぱいいなぁって。みんなニコニコしてるだろ。外食ってさ、子どもがうまく食事ができなくてイライラしたり、ぐずって泣いて困ることもあるけどさ。ここはみんな子ども連れだから誰も怒らないし、スタッフも優しいし、ご飯も美味い。みんなが来て、癒されて、笑顔になって、明日もまた頑張ろうって思える場所だ。俺も、あそこをそんな場所にしたいんだよ」
 新道さんが周りの客を見ながらしみじみと言う。俺は新道さんを元気づけたくてあの場所もそうなのだと言いたかったが、俺が声を出すのを料理を持ってきたスタッフに阻まれた。何も言えないまま食事が始まり、言葉を伝える機会を失う。こういう時、スマートに言えたらカッコいいのにと自分に気落ちしながら食事を始めた。料理はおしゃれに盛り付けられていたが、俺の気分は下がったまま上がることはなかった。けれど、料理を口に入れた瞬間、想像していたよりもしっかりとした味付けの美味しい料理に俺は思わず「うまっ」と声が零れた。
「な、うまいな。ほんと今日来れてよかった! 花村がいてくれてほんとよかったよ、ありがとな!」
 もやもやした俺の気持ちを吹き飛ばす新道さんの言葉と笑顔。新道さんは、いつも誰かが欲しい言葉をくれる。それに対して相変わらず何も言葉にできない俺は、ただもじもじとしながら食事を続けることしかできない。いつか、新道さんの偉大さを直接言葉で伝えることができるように、もっとちゃんとした大人になりたいとそう思った。

 食事を終え、俺たちはのんびりと歩きながら帰路につく。辺りはすっかり暗くなり、繁華街から離れて行けば人通りも少なくなっていく。上機嫌の新道さんにほっこりした気持ちになりつつ、このまま別れが来る時間が寂しくなった。
「花村と仕事終わりに出かけるのは久しぶりだな」
 突然、脈略もなく新道さんが呟く。それに対して俺は「久しぶり、と言うか俺がひろばに来たときの歓迎会以来じゃないですかね」と答えると、新道さんは意外だったのか思っているより大きな声で「え!?」と声を上げた。
「マジで? え? てかお前がひろばに来てどんくらい?」
「もう二年ですね。よくまぁ続いてると思いますよ」
「マジか……もう二年もなるのか。時間の流れが速すぎて恐ろしいな。すっかりお前がいないとひろばは回らなくなっちまって、なんかもっと長くいるような気がしてた。そっか、二年か。俺がどんどんおっさんになっていくはずだ」
 時の流れの速さを悲観するようで、どこか嬉しそうに話す新道さんを俺はまっすぐに見つめる。乾いた笑いにも聞こえるのは気のせいだろか。もうすぐ俺と新道さんが分かれる道についてしまう。今日、俺は新道さんから笑顔にしてもらうばっかりで、新道さんを笑顔にしてあげることは何もしていない。少しでも新道さんを元気にしたい。そう思った俺は、足を止めて新道さんの名前を呼んだ。
「時間の流れは速かったかもしれませんけど、俺にとってこの二年はすごく、充実していたというか、すごく楽しかった二年で。俺、飽き性なんです。仕事とかすぐ飽きるし、今までだってやめる理由がなかったから続けていただけでひとつのモノとか長く続いたためしがないんです。そんな俺が二年もひろばの仕事を楽しく続けられるって、それだけ良い職場ってことだと思うんです! 本間さんも良い人だし、お客さんたちも良い人たちばっかりだし、笑顔で帰っていくのを見てると俺も嬉しいし、壁面だって俺、不器用だけど手伝って、子どもたちが喜んでくれたらよかったって思うし! 新道さんが一生懸命頑張ってるから俺も頑張れるんです! 俺にとってはあのひろばが癒されて、笑顔になって、明日もまた頑張ろうって思える場所なんで!」
「花村……」
「だからっ、えっと……な、何が言いたいかって言うとですね、お客さんもきっと同じ気持ちだから、ドードーひろばに自信持ってくださいってことです! 俺、この仕事大好きです!」
「……!」
 俺は、しゃべっている途中から何を言いたいのか分からなくなっていたが、それでも口は止まらなかった。まっすぐに新道さんの眼を見て、まっすぐに気持ちをぶつける。ちゃんと俺の気持ちが伝わるように、目は絶対に逸らさなかった。正直に何かを伝えると言うのが恥ずかしくて、顔は真っ赤になっていたと思う。だけど、新道さんがまっすぐに俺の気持ちを受け止めてくれたから、後悔はなかった。
「花村……そっか……なら、よかった。へへっ、そっか……」
 新道さんは、頬を赤らめて顔をくしゃりとさせた。いつも見ていた笑顔とは違う、笑顔。それはまるで子どもが褒められた時のような純真無垢な可愛らしい笑顔。俺はなんだか、新道さんが子ども好きな理由が分かったような気がした。
「花村がそう言ってくれるの、マジで嬉しいわ。俺も自信持って仕事しないとな! よーし、明日からも頑張ろうな!」
「まずは壁面ですね。頑張ります」
「だなー! 花村、明日からもよろしく頼むぜ! じゃあ、気を付けて帰れよ!」
「新道さんも、お気をつけて」
 気付けば俺たちは分かれる地点まで歩いていて、話の流れでそのまま「お疲れ様です」と互いに頭を下げて分かれた。名残惜しくて俺はしばらく歩いていく新道さんの背中を眺めていた。新道さんの『嬉しい』と言ってくれた言葉を噛みしめる。全身が浮足立つような高揚感に包まれながら(明日もまた頑張ろう)と心の中で意気込んで帰路についた。

「綺麗な壁面になりましたねぇー!」
 翌日俺は、昨日新道さんと桜街を回ったときに得たアイディアを元に壁面のデザインを作った。夏を感じることができる色遣いと、植物、それでいて子どもたちが楽しくなるようなアイテムを置いて、絵本の中のような世界観を演出した。コストを抑えつつ安っぽくならないように作るのは大変だったが、みんなで作業をすれば夕方にはなんとか壁面の飾り付けは完成した。
「昨日新道さんに誘ってもらってよかったです。もともとあった材料をリメイクするだけだったんで時短もできたし」
「すげぇよなぁ! やっぱ誘ってよかったわ。花村なら絶対なんかすげぇの考えてくれるって思ってたよ!」
「同じものを見てたのに新道さんはノーアイディアですもんね」
「うっ……! だ、だから俺はダメなんだって! 作りもんはちゃんと作っただろ!」
 これとか! と新道さんは自信作の部分に指を差した。本間さんはクスクスと笑いながら「どれも素敵です」と壁面をじっくりと眺めた。出来上がった壁面を眺めながら、充足感に浸る。それからご機嫌な新道さんをちらりと見て、やっぱり好きだなぁと改めて感じた。俺にとって新道さんは何よりもエネルギーになるし、新道さんのためならどんなことでも頑張りたいと思う。これからもずっと、ドードーひろばがみんなに愛されて続くように。
「さっ、今日はもう終わりだ。帰るぞー!」
「はーい」
 明日も、明後日もまた頑張ろう。そう思った。

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