厚労省「テレワークモデル就業規則〜作成の手引き〜」について
【注記】
本稿で解説している厚労省「テレワークモデル就業規則作成の手引き」は、「情報通信技術を利用した事業所外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」がベースになっています。そのガイドライン改定作業が厚労省労働政策審議会において行われていたところ、先日改訂案が公開されました。そのため今後、旧ガイドラインを前提に執筆した本稿は、最新の状況にそぐわないものとなります。
そこで読者の皆様には、本稿と併せて或いは本稿を読む前に、弁護士宋昌錫先生のこちらの記事に目を通していただきたいのです。宋先生が自作された労働時間管理部分についての新旧比較表を誰でもダウンロード出来るので、労務従事者や弁護士にとって大変ありがたい記事になっています。
【以下本文】
緊急事態宣言が出されたことに伴い、弊所は急遽テレワークを導入しました。同様の企業や事業所も少なくないのではないでしょうか。
COVID-19蔓延によりテレワークがかつてなく着目されることとなっていますが、厚生労働省は数年前からテレワークの普及促進に努めています。
厚生労働省・テレワーク普及促進関連事業
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/telework.html
テレワーク総合ポータルサイト
https://telework.mhlw.go.jp
テレワークではじめる働き方改革 テレワークの導入・運用ガイドブック
https://work-holiday.mhlw.go.jp/material/pdf/category7/01_01.pdf
その一環として厚労省は、テレワーク導入実施ガイドラインを策定するとともに、テレワークモデル就業規則を公開しています。
情報通信技術を利用した事業除外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/guideline.html
就業規則については、次のサイトからダウンロードできる「テレワークモデル就業規則作成の手引き」が非常に分かりやすくまとまっています。
https://www.tw-sodan.jp/dl_pdf/16.pdf
同手引きの4ページ「就業規則が必要な理由」に、
“通常勤務とテレワーク勤務(在宅勤務、サテライトオフィス勤務及びモバイル勤務をいう。以下同じ。)において、労働時間制度やその他の労働条件が同じである場合は、就業規則を変更しなくても、既存の就業規則のままでテレワーク勤務ができます。しかし、例えば従業員に通信費用を負担させるなど通常勤務では生じないことがテレワーク勤務に限って生じる場合があり、その場合には、就業規則の変更が必要となります”
との記載があります。
就業規則は、従業員の雇用条件の最低限を定めるとともに、その事業所における服務規律を規定するものです(労働基準法89条参照)。就業場所が自宅等になるだけで勤務時間などの労働条件がそれほど異なるわけではない、企業規模があまり大きくないためテレワークに伴う経費処理も従来の延長線上で問題ない、従業員とも顔の見える関係であり服務規律についても既定就業規則と常識で十分対応しうるという事業者なら、あらためてテレワーク就業規則を作成する必要はないでしょう。
しかし、わたしたち弁護士のもとに持ち込まれる労務トラブルの中には、問題行動を取る従業員に対し、就業規則に適切な条項が欠けていたがために懲戒処分等の対応を上手く取り得ないというケースがままあります。短期的導入に止まらず、コロナ禍が過ぎ去った後も引き続きテレワークを一部活用していくことを検討しているのであれば、これを機に就業規則の改定作業に着手する方が得策かもしれません。
さて、具体的に見ていきましょう。
「3−1 テレワーク勤務の対象者(全員を対象とする既定例)」(7ページ)
□テレワーク勤務規定(在宅勤務の対象者)
第3条 在宅勤務の対象者は、就業規則第〇条に規定する従業員であって次の各号の条件を全て満たした者とする。
(1)在宅勤務を希望する者
(2)勤続1年以上の者でかつ自宅での業務が円滑に遂行できると認められる者
(3)自宅の執務環境、セキュリティ環境、家族の理解のいずれも適正と認められる者
厚労省のテレワークモデル就業規則はさすがに合理的に出来ておりますが、しかしこれをそのまま自社の事業に採用して良いかどうかは慎重な考慮が必要です。
例えば、「(1)在宅勤務を希望する者」を条件として既定してしまうと、事業者としては業務命令として在宅勤務を命じたいのに、従業員がそれを拒否すれば、テレワークを指示できない可能性が出てきます。多くの場合、就業規則には「会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある」といった条項があるので(厚労省モデル就業規則第8条参照)、その指示内容が必要かつ合理的である限り、事業者は従業員に対し業務命令として在宅勤務を命じることが出来ると考えられます。
厚労省モデル就業規則(以下「通常モデル就業規則」と言います)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000118951.pdf
「(2)勤続1年以上の者でかつ自宅での業務が円滑に遂行できると認められる者」についても、このテレワークモデル就業規則はせめて1年程度の勤務実績がある従業員が在宅勤務に適切だという判断に基づいていますが、全ての事業所に妥当するわけではないでしょう。例えば、私のある友人弁護士はこのコロナ禍の真っ最中に転職したため、勤務初日からテレワークとなっています。彼のようにもともと上場企業でインハウスローヤーとして活躍し、その能力を見込んで採用された従業員であれば、たとえ新しい職場での勤務実績がなくともテレワークで十分に能力を発揮するはずです。上記(2)のような規定を安易に設けてしまうと、事業者が自らの手足を縛りすぎてしまい、テレワークの運用にかえって支障を来してしまうかもしれません。
上記(3)も同様です。こうして「執務環境」や「家族の理解」などを就業規則に明文で定めてしまうと、従業員の側から「うちには環境が整っていないのでテレワークは出来ません。従来通り出勤させてください」等と言われかねません。それらテレワークを実施するにつき当該従業員の在宅環境が適切かどうかは事業者が自らの責任と裁量で判断すれば良いのであり、必ずしも就業規則に規定する必要はないと考えます。
厚労省のテレワークモデル就業規則第3条は、従業員の側からテレワークを希望し、事業者がそれを許可するという枠組みとしています。しかし今回のコロナ禍のもとでは、従業員や取引先の安全衛生管理、リピュテーションリスクその他諸般の事情を考慮して、事業者側から従業員に対し業務命令としてテレワークを指示している事業所が多いように思います。そういったことに鑑みると、この第3条については「会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して在宅勤務を命ずることがある」くらいの一般的抽象的な条項に止めておいた方が良いだろうというのが私見です。その場合、厚労省テレワークモデル就業規則の第3条2項に定められた従業員からの在宅勤務許可申請書に代わるものとして、事業所から従業員に対する在宅勤務命令書を文書で発行するべきか否かについては、その事業や企業文化に則してケースバイケースで考えれば良いでしょう。
なお、就業規則には勤務地や就業場所を特定していないのが通常ですが、労働条件通知書や雇用契約書はそれらを具体的に特定するフォームになっていることがあります(労働基準法15条1項、同法施行規則5条1項、労働契約法4条2項の要請による)。したがって厳密に言えば、テレワークによる在宅勤務を導入するに際しては、労働条件通知書や雇用契約書の再確認及び加筆修正が必要な場合もあるでしょう。
【閑話休題】
本稿を執筆している最中に、私の自宅に妻の勤務先からデスクトップパソコンが届きました。緊急事態宣言に伴う自宅勤務開始以来、妻は私用パソコンを使ってテレワークをしていましたが、セキュリティ確保のために会社が新たに用意したパソコンを自宅でも使用するよう指示があり、本日それが届いた次第です。同社の従業員全員に同様の措置がなされているわけではなく、彼女が取り扱っている情報が特に機密性が高いとの判断から、うちにだけパソコンが送られてきました。ただでさえ広くもない自宅にデスクトップパソコンが強制配置されることは配偶者の私としては好ましくない事態ですが、妻の勤務先にとっては必要かつ合理的な業務命令と言えるでしょう。
次に厚労省テレワークモデル就業規則第4条は、テレワーク勤務時の服務規律を定めています(手引き9〜10ページ)。
ここに書かれている服務規律は、通常の就業規則本体にも同様の規定があり、そこに含まれていると解することが出来るので、かかるテレワークのみを対象とした服務規律規定が必須とまでは言えないでしょう。ただし、服務規律規定は、従業員が問題行動を起こしたときに効力を発揮する規定であるところ、当該問題行動にそれなりに合致する規定がないと対処が難しくなることもあります。したがって、服務規律規定はある程度詳しく、かつその事業所の実情に合ったものを備えている方がベターです。せっかく厚労省がちょうど良い塩梅のモデル規定を提供してくれているので、この第4条を参考にした規定を導入しておくと良いのではないでしょうか。
そして、テレワークの労務管理においても、やはり重要なのは労働時間管理です。手引きでは「6 テレワーク勤務時の労働時間」として11ページから解説しています。
ポイントの1つ目は、原則としてテレワーク勤務であっても通常のオフィス勤務と同様の勤怠管理が必要となるという点です。たとえ就業場所が従業員の自宅であっても、事業者はその労働時間を把握し、労働安全衛生に配慮すべき義務があります。在宅勤務であっても所定労働時間を超過する勤務があれば、時間外手当いわゆる残業代を支払わなければなりません。常時厳密に監督する必要まではありませんが、少なくとも始業及び終業時刻と休憩時間を把握する仕組みは必要でしょう。
2つ目のポイントは、13ページのピンク色枠内です。
① 当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること
② 当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
③ 当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと
これらの条件をクリアしないとテレワークであっても事業場外みなし労働時間制は適用できないという点です。実際のところ、②の条件を満たす従業員はあまりしないのではないでしょうか。
したがってテレワークの導入運用に際しては、多くの場合、無理に事業場外みなし労働時間制などの変形労働制に挑むのではなく、原則通り通常の勤怠管理に工夫を凝らす方が着実かつ安全だと考えます(テレワークモデル就業規則第10条11条及び手引き19ページ参照)。
なお、この手引きには言及がありませんが、テレワークの運用に際しては従業員の副業にも一定の注意ないし配慮が必要だと思います。
裁判例の蓄積により、現在では従業員の副業を一切禁止することは違法だと考えられています。しかし他方で、事業者には従業員の労働安全配慮義務がある上、複数の勤務先がある場合、労働時間は通算されて労働法規制に服することとなるため(労働基準法38条1項)、テレワーク中の副業を完全に自由としてしまうと思わぬ違法状態を招来することもあり得ます。例えば、極端な例ですが、職務専念義務を定めていない結果、従業員が就業時間中にもかかわらず副業に従事し、その1日の合計労働時間が8時間を超えた場合、貴社が超過時間部分の割増賃金を支払わなければならないかもしれません。
業態によってはそれらリスクを引き受けてでも自由な勤務形態を容認した方が良い場合もあるかもしれないので一概には言えませんが、多くの事業者は、厚労省の提供している通常モデル就業規則のような下記規定を備えておいた方が良いでしょう。
(副業・兼業)
第67条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することきる。
1 労務提供上の支障がある場合
2 企業秘密が漏洩する場合
3 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
4 競業により、企業の利益を害する場合
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」パンフレット
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192845.pdf
弁護士 國本依伸