テレワークの労務管理とコンプライアンス
大阪府下の多くの事業所同様、弊所も緊急事態宣言を受けて急遽、テレワーク体制を整えました。当初は試行錯誤の連続でしたが、次第に従業員スタッフが自らChatworkで始業を報せてくれるようになり、2日ごとにZoomで朝ミーティングを開催するルーティンが出来上がっていきました。朝型のスタッフから就業時間そのものを前倒しにさせて欲しいとの提案がありました。他のスタッフと時間差勤務してもらえば何ら事業に支障がなく、アメリカ西海岸のような多様な働き方を保障できているではないかと若干の自己満足を感じました。大阪の裁判所がほぼ全ての裁判を停止してしまったため、業務量は普段に比べてそれほど多くもなく、幸いにして従業員に在宅残業を強いる状態は生じていません。
世間では多くの事業所が業務量と売上げの減少が課題となっている一方で、通信関連業務など一部の業界は逆に多忙を極めているようです。急増するニーズにマンパワーが追いつかず、在宅勤務深夜残業なる事態も生じていると耳にします。
法的側面(コンプライアンスと言い換えても良いでしょう)から見たとき、テレワーク導入運用における最大のポイントは、事業所に適用される労働法制いわゆるワークルールは通常勤務と何ら変わらないということです。したがって、たとえ在宅勤務であっても事業者は従業員の労働時間を把握し、その安全衛生に配慮する義務を負い、時間外労働や深夜労働には所定の割増賃金を支払わなければならず、それらルールを破った場合には罰則が適用されます。社会の急変期だからこそコンプライアンス機能を強化し、事業の効率化と社会的信用の向上に役立てていただくべく、テレワークにおける労働時間管理のポイントについて以下述べていきます。
テレワークの運用につき厚労省は、各種労働法規やこれまでの判例裁判例で示された基準を整理し、具体化したガイドラインを公表しています。
情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/guideline.html
文字だけを読む方が頭に入りやすい方はガイドライン本体に目を通すと良いでしょう。しかし多くの方にとっては、若干のビジュアル化がなされているパンフレット詳細版の方が読みやすいと思います。簡易版パンフは情報を削りすぎていて、かえって理解しづらいと私は感じました。
テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/content/000553510.pdf
そこには冒頭、こう書いてあります。
労働基準法上の労働者については、テレワークを行う場合においても、労働基準関係法令が適用されます(6ページ)
これはつまり、たとえテレワークによる自宅勤務であっても、勤務時間が法定労働時間(原則1日8時間、月40時間)を超えれば割増賃金を支払わなければならないということです。労働基準関係法令違反に対するペナルティは、年々厳しくなっています。従前、いわゆる36協定があれば時間外労働の上限はありませんでしたが、働き方改革関連法により月45時間の上限規制が設定されました。法定労働時間を超える時間外労働が月60時間を超えると割増率が25%から50%に増加し(労働基準法37条1項但書。なお中小企業を猶予する特例も2023年3月末日をもって終了します)、月100時間を超えた場合には罰則(6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金)を適用される可能性すらあります(同119条1項、同36条6項)。
時間外労働の上限規制
https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/overtime.html
そもそも事業者・使用者は従業員に対し、その安全衛生を保持する義務を負っているので、今後はこれらの労働基準法の各種規定に違反し、その結果、従業員が精神疾患に罹患するなどの事故が発生した場合には、事業者・使用者は民事上の損害賠償責任を負う或いは行政当局による指導や勧告、企業名の公表等の処分を受ける可能性もあるでしょう(平成29年1月20日基発0120第1号)。
したがって事業者・使用者は、テレワークによる在宅勤務やサテライト勤務であっても、従業員の就労時間を把握し、長時間労働に及んでいる場合には適切な対処を取ることが求められます。
留意点1 労働時間の適正な把握
通常の労働時間制度に基づきテレワークを行う場合についても、使用者は、その労働者の労働時間について適正に把握する責務を有し、みなし労働時間制が適用される労働者や労働基準法第 41 条に規定する労働者を除き、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20 日策定)に基づき、適切に労働時間管理を行わなければなりません。
同ガイドラインにおいては、労働時間を記録する原則的な方法として、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録によること等かが挙げられています。また、やむを得ず自己申告制によって労働時間の把握を行う場合においても、同ガイドラインを踏まえた措置を講ずる必要があります(7ページ)
なお「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」はこちらです。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
次に気をつけていただきたいのは、テレワークにおいて事業場外みなし労働時間制を適用できる場面はかなり限定されているということです(以下11〜13ページ)。
テレワークにより、労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難なときは、労働基準法第38条の2で規定する事業場外労働のみなし労働時間制(以下「事業場外みなし労働時間制」という。)が適用されます。
テレワークにおいて、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難であるというためには、以下の要件をいずれも満たす必要があります。
① 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと=情報通信機器を通じた使用者の指示に即応する義務がない状態であること
② 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
以上の2つの要件を満たさなければ、テレワークにおいて「使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難」とは判断されませんので、ご注意下さい。
事業場外みなし労働時間制を適用しうると誤解して適切な就業時間管理を怠った場合には、前述の通り各種ペナルティを受けるリスクがあります。
せっかく在宅勤務等のテレワークを導入したのだから、従業員を通勤ストレスから開放してよりリラックスした状態で就業して欲しい、その方が事業全体の効率も上がるはずだと思うなら、思い切って上記①②の要件を備えた勤務条件を整える方法があります。要するに、テレワークを行う従業員にかなり幅広い業務裁量を認めてしまうのです。
では、どのくらいの業務裁量を認めたら上記①②の要件を満たすことになるでしょうか。具体的に考えると意外と難問ですが、事業場外みなし労働時間制の適用を認めた日本インシュアランスサービス事件の判決が参考になると考えます(平成20年(ワ)第9914号、東京地裁平成21年2月16日判決)。
判決が認定した事実を前提とすれば、当該事件の就業条件は次のようなものでした。
(ア) 業務職員は被告から宅急便やメール等により送付される担当案件の 確認業務に関する資料を自宅で受領する。受領した業務職員は,指定された確認項目に従い,自宅から確認先等(保険契約者宅,被保険者宅・病院・警察・事故現場等) を訪問し,事実関係の確認を実施し,その確認作業の結果を確認報告書にまとめて, 本社ないしは支社に郵送又はメール等でこれを送付する。
(イ) 報告書にはそれぞれの業務に応じて報告期限が定められている。すなわち,平成18年3月31日までは,保給確報告書であれば会社手配(発送)日から数えて13暦日目,決定前報告書であれば会社手配日(発送日)から数えて7営業日目が報告期限とされており,報告期限内の報告は「実期限内報告」と呼ばれていた。もっとも,実期限内報告が可能であるか否かは,確認先の事情に左右されるため,業務職員からの申請に基づき,一定の要件のもとでは,報告期限を経過していても「実期限内報告」として取り扱う運用を行っていた。
(ウ) 業務職員は10日毎に活動日報を提出することとされている。活動 日報は,業務交通費の支給する際の根拠となる資料という意味合いが強かったため, 被告は,訪問先・走行距離等を活動日報に記入するよう求めていたものの,業務に要 した時間を記入することは求めていなかった。また,活動日報に「報告書作成」や 「机上事務」を記入するよう義務付けていなかったため,この旨を記入していたかは,業務職員ごとに区々であった。
(エ) 以上のような業務職員の確認業務は,各業務職員の自宅を起点として,直行・直帰で行われるため,業務職員は,本社あるいは支社に出社することはなく,原則として月に一度,情報の共有,研修を目的として支社等の会社が指定する場所へ出社するのみである。
これを見ると、13暦日という期限を設けていたり、10日ごとの報告書提出を求めているものの、日中どのように時間配分するかは従業員に委ねられていたことが分かります。
ただし、当該事件が訴訟になる前に被告企業は休日労働について労働基準監督署から是正勧告を受けており、同判決も原告の請求を棄却しながらも「なお,付言すれば,前記のように,原告らに課せられた業務量から原告らが振替えの休日を十分に取れる状況になかったり,取ってもその日に被告等から(その頻度は明らかでないものの)電話連絡があり,十分に休んでいられない状況にあることがうかがわれる。このような状況は,被告において直ちに改善することを要するものといえる」と苦言を呈していることから、原告の従業員たちに相当過大な分量の業務が割り振られていたこと、そのため裁判所も相当悩んだ上での判断であったことがうかがわれます。
事業場外みなし労働時間制の提供が認められるとしても、それは事業者・使用者の労働時間管理義務が相当程度緩和されることを意味するに止まり、労働安全衛生保全義務からも開放されるわけではないので、従業員が過重労働に陥らないよう注意することは依然として必要です。
なお、事業場外みなし労働時間制を導入するにあたっては、次の東京労働局パンプレット記載の就業規則を参考にすると良いでしょう。
「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の適正な運用のために
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/jikanka/jigyougairoudou.pdf
テレワークは本来、厚労省のガイドラインやパンフに書かれているように、ライフワークバランスの実現や多様な人材の能力発揮に資するメリットの多いシステムです。この度、COVID-19の蔓延により急遽導入した事業所が多いかと思いますが、上記労働基準関係法令の制限に萎縮することなく、むしろそれらを使いこなして今後も引き続きテレワークを積極活用していっていただきたいと思います。
2011年にカリフォルニア州バークレーに留学した際、仲良くなったパパ友がオフィス出勤は週一だけの原則自宅勤務でした。彼はもともとアドビ社に勤めていましたが、サンフランシスコまでの片道1時間の通勤が嫌になり、子どもと過ごす時間を増やしたいと現在の会社に転職しました。在宅勤務と言っても、日中ずっとパソコンの前に張り付いているわけではありません。何度か彼の自宅に招待されましたが、平日昼間でも庭仕事をし、幼稚園や学校に子どもたちを迎えに行き、自家製ビールとワインを醸造していました。成果さえ出せばプロセスを問わない、彼の勤務先はそういう文化の企業だったのでしょう。けっして小さな会社というわけではなく、世界中に支社を有するベンチャー企業で、彼はたびたびイギリスやインドに出張していました(彼が最も熱望していた東京支社出張は未だに実現していないようです)。
なお彼が転職経緯を話してくれたとき、先に転職していたアドビ時代のBossが誘ってくれたんだと教えてくれました。最初、彼はMy Bossという主語を使っていたのだけど、途中から主語がSheに変わりました。そこで初めて私は、自分がその上司は男性だと思い込んで話を聞いていたこと、自分の中にそれほどまでにステレオタイプが固着していたことに気付きました。
既成概念に捕らわれず、誰もがその個性と能力を存分に発揮し、かつワークライフバランスも実現できる働き方は可能なんだと見せつけられたあの日以来、法律家としてそのような多様な就業環境を日本に普及させる一助になりたいと思い続けています。
弁護士 國本依伸