掌編『神=猫』
9%のストロング酎ハイを立て続けに飲み干して強かに酔っ払った。つまらねえ酔い方だ。中学生でもできる。
アホくせえ世の中を斜めに見ながら生きていたら、中学生から時間が止まっちまった。酒を酌み交わす夜も、今どきのガキならスマホで撮って一生の思い出みたいにクラウドドライブへ保存するんだろう。良いよなあ。デジタルネイティブだZ世代だとか言って、まるでネットのせいで現実の人間関係が希薄になったみてえに言われるけどよ、たぶんそんなことないんだよな、知らねえけどさ。俺ほど惨めじゃねえだろう。最初にスマホを買った日までは十年以上遡らなくちゃならねえが、そのあいだにカメラアプリを立ち上げた回数なんて両手の指で事足りる。ましてや自撮りなんてしたことねえよ。魂が抜かれるなんて思ってるわけじゃねえよ? つうか元々、魂みてえな熱いもんはどこにもねえんだ。
今年で三十五だ。比較し合える友達がいねえからハッキリしたことは言えねえけどさ、どいつもこいつも身を固め出す時期だよな。なんかもう、セックスだのアルコールだのではっちゃけるのは卒業しました、みたいな。十分経験してきたんで、これからは何気ない日常生活を、大人の趣味を楽しみます、みたいな。そんなツラでどいつもこいつも歩いてやがるんだ。まあみんなマスクしてるから、あんまりツラは見えねえんだけど、絶対にそうなんだよ。
ふざけんなよ。こちとら童貞なんだよ。酒だって、コロナ関係なくずっと独り飲みだよ。じゃあソーシャルディスタンスの時代は生きやすいでしょう……ってか? ふざけんなよ! 世の中の陽キャどもがこぞって俺みてえに陰キャな生活しだしたら、俺に勝てるところなんてなくなっちまうじゃねえか。結局、Zoom飲みだの路上飲みだのさ、なんだかんだウイルス禍の生活もエンジョイできてます~みてえなさ、そういう情報が目に入るたび、俺はますます惨めになるんだよ。俺は自分の暮らしている土俵がクソだと思い続けてきた。でも、同じ土俵で楽しめるヤツが山といるわけだ。じゃあもう、俺は俺を呪うしかなくなるんだな。でも呪ってたら死にたくなるから酒に逃げるんだよな。セックスとアルコールのバランスが永遠に釣り合わないまま、人生を終えるんだよな。
神はいる。人類皆平等じゃねえからこそ、俺が惨めだからこそ神がいるとしか思えない。大多数の人間の幸福に、少数の人間の不幸は必須だ。俺は差し詰め不幸側の人間だったんだろう。完全に自分のせいにするよりは気楽になれる理屈だ。
しかし俺個人として神を崇めるつもりにはなれない。俺みたいな俗物は、即物的な救済がない限り宗旨替えできないって、神ならわかるだろう。なあ、救いをくれよ!
そのとき、俺の嘆きへ応えるかのようにインターホンが鳴った。千鳥足で玄関に向かい、扉を開けると、三十センチほどの茶色い猫が後ろ足で立っていた。
神=猫だった。
「ごめんにゃあ」神=猫は俺に近づき、前脚で俺のふくらはぎを、ぎゅうっと抱き締めた。「ボクがキミにしてあげられることは、これぐらいしかないんだよにゃあ」