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掌編『都合が良い』

 あなたが私に連絡してくる時は、決まってストレスが溜まっていて、私に向かって吐き出す言葉は不満だらけで。友達や家族や恋人の愚痴を、私はいつも聴かなければいけなくて。

 あなたが散らかした言葉の山を、私はいったいどうすればいいの。私があなたを怒らせたわけじゃないのに。私があなたを悲しませたわけじゃないのに。

 相手に直接言えばいいのに、どうして私に投げつけてくるの。どうせ愛してもくれないのに、どうして悲しい言葉ばかり私にぶつけるの。手っ取り早い慰めが欲しいんだよね。私がいつも応えてあげているから、私にばかり頼るんだよね。

 たくさんのネガティブを捨てきったあなたは、すっかり満足しきったようで、私の心なんて知ろうともしないで生活の中に戻っていく。生活の中のあなたは、愛や喜びに溢れているのかな。私にはそんな側面、少しも見せないから分からないな。そうしてまたストレスが溜まってきた頃に、あなたは私に連絡してくる。最初は陽気なやり取りだけど、次第にあなたの不満で時間が埋まる。

 あなたに悪気はないのだろうけど、私はゴミ捨て場じゃないんだよ。あなたに沢山の不満があるのは分かっているけど、私にも心があるんだよ。

 いつからこんな関係になっちゃったんだろう。最初は軽い関係だったはずなのに。ポジティブな言葉ばかりで会話していた頃もあったはずなのに。

 でも私はこれからもあなたの言葉に耐え続けるよ。たとえ通話だけでも、文字だけのやり取りでも、私はあなたに捨てられたくないから。不満を聴かない私なんて、あなたにとっては必要ないから。見た目も悪いし取り柄もない、そんな私が孤独から逃げるには、他人の不満の捌け口ぐらいにはならないといけないから。

 あなたはきっと私が孤独だって知っている。大抵暇してるのを知ってる。あなたが連絡をくれた時は、いつだってすぐに返事してるもの。不満を吐くのに手間なんてかけたくないよね。コンビニ弁当をいちいち悩んで選ばないのと同じだよね。

 私にだって不満はあるよ。でもそれはきっと誰にも言わない。特にあなたには絶対言わない。不満を言う私なんて面倒くさいだけだろうから。だから私はこのストレスを、ずっと抱えて生きていくよ。

 いつかあなたが幸せになったら、その時は対等に話をしてほしいな。でも、幸せになったあなたは、気軽に私を切り捨てるだろうな。あなたの人生に私がいること自体、そもそも間違っているんだものね。

 だから私はあなたに幸せになってほしくない。でもそんなことは勿論言わない。私はあなたを慰め続けるよ。あなたのために、あなたの気に入る言葉を、いつも考えているんだから。

 でも安心してね。ある日あなたがいなくなっても、私は誰にも愚痴らないから。あなたの汚れた言葉たちは、いつまでもここにあり続けるから。

 不満ができたらすぐ呼び出してね。私はいつでも都合が良いから。

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