掌編『生き遅れ』

  あいつの彼女はあのフォロワーで、あいつの彼氏はあのメンヘラで。あいつの旦那はソシャゲの猛者で、あいつの嫁は裏アカ女子で。あいつは小説書かなくなった。あいつも小説読まなくなった。俺はあいつの小説待ってた。気付けば部屋で酒ばっか飲んでた。

 あいつは俺に嘘ついていて、あいつは俺に隠し事してる。俺はあいつに隠し事をして、俺はあいつに嘘ついている。あいつは俺に腹を割ってる? 俺はあいつに腹を割ってる?

 あいつとあいつは仲が良いって、思ってたのは俺の勘違いで。実は裏で悪口言い合ってて、俺はその両方を聞いてて。あいつの悪口に頷きながら、あいつの悪口にも頷いている。

 百人欲しかった友達が、十人でさえ悩みの種だ。寂しさを埋める人間関係が孤独以上の負担をかけてた。それでも独りになりたくはないんだ。だから俺は今日も笑んでいるんだ。あいつら本当に友達かって、疑っていけば全部白紙だ。あいつらせいぜい知り合いかって、嘲るにしても知り合いかすら怪しい。

 一体どこで間違えた? 嘘つかないと決めていた。もう隠さぬと決めていた。それは平和を祈るより難しいのだと、この歳になってやっと気付いた。悪口言わずに生きていけるか? 性格の良い人間になれるか? 誰も憎まず生きていけるか? 誰からも憎まれない人間になれるか? それは無理だと絶対無理だと気付いた時にはもう三十路手前だ。

 あいつは社会と出て行った。あいつは社会とキスをした。あいつは社会とセックスをして、その状況を逐一教えた。別れたんじゃない、先に行ったんだ。俺が周りから遅れただけだ。あいつらと結んでいたはずの糸は、いつしかピンと張りすぎていて、もうすぐ全部ちぎれそうだ、そして俺だけがますます遅れる。

 そういうものだと笑えるならば、どれだけ幸せだっただろうか。塀の先と手を繋げたら、どれだけ幸せだっただろうか。繊細ではない愚かさを、捨てなかったのはただただ惨めだ。

 今更何を願うでもないか。今更何を悟るでもないか。今更何を語るでもないか。ならば今更何を書くのか。俺は社会に勝てないのさ。俺はソシャゲに勝てないのさ。俺が友達に勝てるわけないさ。俺が恋人に勝てるわけないさ。俺は誰にも勝てないのだから、誰に宛てるかって自分しかないか。

 どこかで誰かを信頼してた。俺の人生を委ねてもいた。それは無謀だ、手前の足で立て。一歳児の気付きが今日降りてきた。善人はよせ、悪人であれ、何より自分の本意を貫け。生き抜く術が今日降りてきた。
 あいつの彼氏はあのフォロワーで、あいつの彼女はあのメンヘラで。あいつの嫁はソシャゲの猛者で、あいつの旦那は裏アカ男子で。あいつは小説書かなくなった。あいつも小説読まなくなった。あいつは俺の小説待ってた? それはフリだといつから気付いた?

 あいつが読んでたのは人間関係で、小説でないといつから気付いた? 俺が書くのは小説であって、人間関係でないといつから気付いた? 気付けば部屋で酒ばっか飲んでた。

 それでもたまには物を書くから。

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