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掌編『渇いた影』

 私は何のためにこの画面の空白を文字で埋めているのだろう。そんなどっちらけの疑問が端緒である。どうせ見せるならば十分まともな作品でありたい。しかし果たして今の自分にその最低限の役目を全うすることができるのだろうか。そもそも私はこれまでに一度たりともまともな作品を書いたことがあっただろうか。そもそも『まともな小説』なるものを小説と呼んでいいものだろうか。今度はどの小説にインスパイアされる? いつの自分を使い回す? どの流行を適当に取り入れる? 畢竟それらは小説を構成する要素たり得るのだろうか?。

 とりあえずキャラクターを置いてみよう。良い小説はキャラクターが勝手に動き回ると聞く。一度召喚してみて彼の気の赴くままに任せてみるのはどうだろうか。

 というわけで、ここにキャラクターが一人登場する。人間であることはおそらく確かだが、未だ名前はなく、あまつさえ男か女かも判然としない。青白い影のような存在だ。故にその表情を読み取ることさえできない。しかしそれは彼方も同様だろう。彼は思春期を拗らせているわけでもないのに己の存在意義を問い続けなければならないのだ。それは、控え目に言って不幸な生い立ちである。

 棒立ちのまま少しも動かない彼を、僕は何をするわけでもなく暫くジッと眺めてみた。彼が勝手に動き出すのを期待していただけで無く、その存在から何かしらのインスピレーションを得られるかもしれないと考えたからだ。しかしながら青白い影は所詮青白い影でしかなく、脳味噌を揺さぶり枯れた泉を蘇らせるものではない。微動だにしない脳味噌から産み出されたのだから当然なのかも知れないが。

 ふと、彼が首を動かしたような気がした。影がじわりと怖気だったように蠢いたように見えたのだ。彼の、認識できない双眸はいったい何を捉えているのだろう――いや、もしかしなくても標的は私なのだろう。私が彼を奇異な目で見詰めるのと同様に、彼もまた私を視界へ虚ろに投じたのだ。男女の沈黙よりも遙かに気まずい時間がひたすらに流れゆく。彼は一体何を待望しているのだろう。私からの具体的な指示だろうか。それとももっと率直な……生きている意味を私に問おうとしているのだろうか。彼の声は私には少しも届かない。彼が喋る機能を持っていないのか、それとも私が無意識に耳を塞いでいるのか。

 会話するつもりにはなれなかった。今の彼と話したところで何が解決するというのだろう。泥酔した後の繰り言よりも意味を感じることが出来ないに違いない。双方しらふのまま、くだを巻くというのだから余計にタチが悪い。私は彼に謝罪すべきだろうか。空虚な命を吹き込んだことについて、何らかの罰を受けるべきだろうか。誰が罰を与えるのだろうか。

 そして規定された終わりがやってくる。私はせめてもの手向けのために彼の前に拳銃を転がした。彼はそれを拾い上げると、当然のようにそれをこめかみにあてがう。

 一人のキャラクターが消えた。彼は結局名前も性別も身分も与えられず、ただ虚無として生まれ、そのまま渇いた泉の中へ帰っていった。一度寝て起きれば私の脳裏からも、貴方の脳裏からも……誰の脳裏からも消えていく、ただただそれだけのための存在だった。

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