
マイクル・コナリーの「ブラック・アイス」を読む
ボッシュがクリスマスイブの夜独り自宅で料理を作ったりしていると流しっぱなしにしている警察無線が警視正を呼びたす殺人事件の連絡を流していた。警視正を呼び出すのも異例だったし、当日待機任務中の管轄刑事であるボッシュに連絡がこないのも変な話だった。
現場に足を運んだボッシュを待っていたのは同僚刑事の死体だった。モーテルの一室でショットガンを使って自分の頭を吹き飛ばした思われるものだ。
カル・ムーアはハリウッド署の麻薬課の刑事で一週間ほど前から行方不明になっていたのだった。遺体のズボンのポケットからは遺書めいたメモが一枚。
「おれが何者かがわかった」
今や警視正に昇格したアービィングはボッシュにカルの妻へ訃報を届ける仕事を割り当て現場から追い払う。カルとボッシュは仕事上の接点をもったばかりだった。ボッシュは絞殺された男ジェイムズ・カッパラニの事件を捜査していくなかでメキシコから送り込まれている新しい合成麻薬「ブラック・アイス」の存在に行き当たった。カッパラニはブラック・アイスに関係するなかで絞殺されたようなのだ。絞殺方法はメキシコ流だった。ブラック・アイスについて情報を得るために酒場で落ち合ったカルは事件やブラック・アイスのことよりも自分の心配をしていた。内務課が自分のことを探っているらしいというのだ。
肩に受けた銃創を癒すために6週間メキシコの静養から戻ったボッシュを待っていたのはハリウッド署のいつも以上の喧騒だった。事件数が増加しているにも関わらず捜査員の一人であるポーターは神経消耗により早期退職を求めており、上司のパウンズはそれでも年末までに事件の過半数は解決できたという実績を残したがっていた。あと一件解決できればよい。どの事件であろうと。ポーターはここのところ最近、捜査するふりをして実態は何もしていなかったと睨んでいたパウンズはボッシュに彼が担当していた事件ファイルを押し付けてきた。
パウンズの意向には全く同意できないものの、ポーターの立場をおもんばかるボッシュは彼の手掛けていた事件ファイルを読み始める。目を付けたのは一番新しい事件のもの。時間経過が進むにつれて解決の可能性が下がっていくのが定石だからだった。その最新の事件はファン・ドゥ、メキシコ系男性の身元不明の死体が発見された事件だった。身元を示すものは何も所持していない死体だったが身体に彫られた入れ墨などの情報からメキシコ人だと思われる。メキシコで殺されてハリウッドで遺棄されるというのはなんとも不自然な事件だった。その事件の第一発見者は警官で調書には番号でのみ記されていたが、ボッシュが調べるとその警官はなんとカルなのだった。
モーテルで発見された遺体の指紋から死んでいたのはカル本人であることが確定。アービングはこの事件を刑事の自殺ということで幕引きを急いでいた。この部屋から採取できた指紋はカルのものだけであった。安宿のモーテルの一室としては異常な状態だ。またカルを追い込んでいた内務課は何者かカル本人のことをよく知る人物からの内通で奥さんだったと内務課は睨んでいたが、訃報を届けに行った際のやりとりからボッシュはそれがあり得ないことだと確信していたのだった。
何かが事件の裏で進んでいる。カルの死は自殺を装った殺人事件だったのではないか。そんな思いを抱えながらボッシュはファン・ドゥの事件を追い始める。遺体解剖で発見されたのは昆虫の「蛹」だった。農作物を食い荒らすミバエの駆除を目的に放射線を照射されて不妊化された蠅を放つ計画が実行されていた。実蠅根絶計画と呼ばれる計画だ。不妊化した蠅を育てているのは外ならぬメキシコ、メヒカリだった。ファン・ドゥはここで働いていたのだろうか。カル・ムーアが生まれ育ったというカレクシコウとメヒカリは国境を挟んだ隣街なのであった。
ハリウッド貯水池やカレクシコウをはじめボッシュの辿った道をグーグル・マップ、ストリートビューで散策してみました。何よりびっくりだったのはボッシュの自宅付近でした。ウッドロー・ウィルソン・ドライブを上がった山のなかにあり、裏庭のベランダからユニバーサル・スタジオやその向こう側にそびえる山脈が見渡せる場所にあり、夜にはコヨーテが近寄ってくることもあるというボッシュの自宅。
一方で事件ともなればクルマを飛ばしてダウンタウンまで20分で駆け付けられるというその場所は一体どんな場所なのか。僕はこれまで山の中腹よりもずっと上の近隣の家とはかなり距離のあるやや荒涼とした場所にポツンと建っている家を想像していたのだけれども、今ダウンタウンに20分で行ける距離の場所を探すと山のずっと下の方でなおかつ家々が連なる住宅街のような場所になってしまっているようなのだ。
道路からは裏庭の景色などは伺い知れないけれど想像していたようなところとはずいぶんと違っていて、いやこの30年の間に開発が進んだのかもしれないけれどもボッシュ自身はこの辺のことをどう思っているのだろうかなんてことも考えたりしていたのでした。