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④(終)私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

前回の記事はこちらです 『私が受け取った「ぼんやりとした しかし確実に社会が要請する何か」』については、カルチャーの評論などの書籍を色々読んでいくうちに、その輪郭をだんだんと掴めるようになってきた、のだと思います。 元々、作品を見る前や見た後に評価や評論をチェックするのが好きだったその流れで、映画評論の書籍を色々と読むようになりました。 評論の面白いところは私は大きく分けて3つあると思っています。 まずは、映画(でも小説でも漫画でも)を単体の作品として捉えて、その作劇や

    • ③私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

      前回まで 本記事は、続き物3ページ目となります。 ここまでお付き合いいただいた方、本当に感謝いたします。 早速本題に移らせてください。 初回は「クリエイターものとは?」という導入編でしたが、2記事目の後半からこのテキストの本題、核心の部分に入ってきています。 「クリエイターになるべきだ。いや、ならなきゃおかしい。」と思い込んでいた半生を振り返り、30歳にしてようやく「ここまで、創る創る詐欺を自分に対して繰り返してきた結果、ついに『創らなくても、なんか大丈夫。生きてこ

      • ②私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

        前回記事(①)はこちら↓ 前回は、まず私が考える「クリエイター漫画」とは何か。その例と例外について記載した後、じゃあなんで嫌いなのかという話の頭出しをしたところで終わりましたので、その続きを。 Aだけ取り上げると、大変わかりやすいと思います。 嫌いになったり、不快な感情を抱く要因の代表の一つ「嫉妬」。 私は「クリエイターになりたかった人間」であり、「今そうではない」からこそクリエイターまたはそれを目指す人間の、挫折や敗北も含めた熱く真摯なストーリーが眩し過ぎて憎らしい、

        • ①私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

          「クリエイター漫画」とはまず、それはどういった作品等を指すのかについて説明させてください。 クリエイター漫画というこの呼び方が一般的なのかはわからないですが、「主要登場人物が美大生、漫画家、アニメ映像制作関連、クリエイティブ制作会社勤務、広告代理店勤務、アーティスト、小説家、及びそれらを志す者という設定を持っていて、かつその肩書きや職種においての環境や業界での成功と成長を目指すことを物語の主軸の一つしている」漫画を(勝手に)そう呼んでいます。 (もう少し定義を限定しない

        • ④(終)私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

        • ③私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

        • ②私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)

        • ①私が「クリエイター漫画」が嫌いな理由。もしくは「ファッショナブルでアーティスティックでコミュ力高く、かつ自然体で柔軟で臨機応変な人材たれ」という要請を社会から受け取った少年はどのように歳を喰っているか(ゆとり世代Ver)