短編小説|マッチングおやじ|第4話|掃除をさせた女
私には誰にも負けない特技が一つだけあった。お掃除である。
夢追い人時代に私とバイトは切っても切り離せない関係にあり10年以上続けたバイトにハウスクリーニング業があった。
元々の綺麗好きに生まれ持ったサービス精神が拍車をかけて正社員顔負けの技術が自然とついていった私は、自身でいつ開業しても成立する程の腕前だった。
〈特技はお掃除です。掃除の腕前だけは誰にも負けません。もしもカップルになれたら貴方のお部屋はいつもピッカピカです 笑〉と家庭的な一面と少々のユーモラスで私は自分のプロフィールに載せていた。
〈メッセージ 女〉
<はじめまして陽子です。いいねありがとうございます。突然すいませんがウチのお掃除をお願い出来ませんか?>
自分からアットランダムに送っていた、いいね に対してマッチングがあり向こうからこういうメッセージが届いた。
お掃除をお願い出来ませんか?
確かに特技にお掃除とは書いたが…私はハウスクリーニング業者ではないんですが…
理解に苦しむメッセージに私が最初に抱いた感情だが、写真の印象と年齢、スリーサイズがあまりにもドンピシャだった為、私は直ぐにこう返した。
〈メッセージ 私〉
<マッチングありがとうございます♪お部屋の汚れは心の乱れ、私が綺麗に改善させて頂きますよ>
我ながら情けない…婚活目的でマッチングアプリを使っているのにまるで清掃業者を探すマッチングアプリ扱いだ。それでもヘラヘラと相手のご機嫌を取ろうと必死な私…母親が知ったらきっと悲しむだろう
婚活にはそんな親を喜ばしたいと言う気持ちも有った。40過ぎの息子の事はいつまで経っても心配で仕方なく私が結婚する事が母親を安心させる唯一の方法だった。
〈メッセージ 女〉
<直接電話で話しませんか?コレが私の番号です>
突然送られて来た女の携帯番号にある程度の不気味さを感じながら私の手はダイヤルを押していた
私:「もしもし…」
女:「もしもし」
私:「陽子さんですか?はじめましてヒロシです。あの~」
女:「今からは無理ですか?」
私:「はっ?今から・・」
女:「ハイ・・今から掃除に来ていただけませんか・・」
私は女からの突然の申し出にはじめそこ驚いたが、そもそもマッチングアプリで掃除を頼んでくる女である。開口一番の今から掃除に来て下さいの申し出もなんとなく成立するなと思ってしまった。
逆に考えれば、行き成り家に入れるわけだ。普通に考えてそんな事はありえない話である。でもコレは女からの申し出。もしも掃除を完璧にこなし、女が私に感謝してくれれば、その先も有るのではないか・・
そんな下心が私の中に芽生えて承諾したのだ。
情けない・・・母親にだけは知られたくない。
品川駅から少し歩いた白金台の一等地に、ポツンと古びた2階建てのアパートがある。錆びた階段の手すりは触ると手に錆が付きそうできもちがわるい。集合ポストには随分と溜まった新聞とポスティングのチラシがギューギューに詰め込まれており、なんとなくどういった人種が住んでいるのか想像がつく。
雑草で一杯の敷地内に1台程度なら車が停めれそうで、女もそれで言いと言うので私はそこに車を停めて、荷物(掃除道具)を降ろしてその階段をおそるおそる上がっている。私はもしかして今とんでもない事になる山をわざわざ自分の意思で登っているのではないか?と思ったが、女の写真とスリーサイズからくる好奇心には勝てずにいた。もう後戻りは出来ない。
ピンポーンのベルを押すと同時にドアが開き、そこには写真と全く同じ容姿の女が下を向きながら本当に申し訳なさそうにしたいた。女を見た瞬間に私のテンションは急激に上がりもう後戻りする気はサラサラ無くなった。
女:「本当にごめんなさい・・こんなお願いに付き合っていただいて」
私:「いえいえ・・とんでもんまいです。もう一度聞きますが、本当に怖いお兄さんとか出てきませんよね・・」
女:「そんなことは絶対にないです。住所だってバレてますし、そんな事があれば訴えてください」
私:「わかりました・・ではお邪魔します」
女:「どうぞ・・本当に汚いところですが」
部屋は2DKの和式アパートで、女の言った「本当に汚いところ」と言う台詞は謙遜でもなんでもなく、私の想像のはるか上を行く汚さだった。
山の様な洋服が無造作に散らかり放題で、埃の塊がゴロゴロところがり、キッチンには食べ残しと放置された食器がシンク内に異臭を放ちながら存在し、本当にこの美女がここに住んでいるのかと信じられない気持ちで一杯だった。さっきまで急激に上がりきったテンションも段々と下がっていくのがわかった。
部屋の中とお風呂場、トイレを確認して、トイレとお風呂場からはじめて行くことになった。勿論、その二つも人生が終った中年でももう少し綺麗にしているぞと言いたくなる汚さで、もう一度言うが、本当にこの美女がこんなところに住んでいるのかと私は信じられなかった。
私が風呂とトイレを仕上げている間に女は部屋の中をかたずけ始める。私の提案で先ずは要らない物を捨てる事を進め、女は素直に大きなゴミ袋に私から見たら全てがゴミにしか見えない物たちを入れていっていた。
「だいぶ片付きましたね、ちょっと休みませんか?」私は自身の風呂とトイレに終わりが見えてきた事もあり女にそう提案してみた。考えたら部屋に上がってからまだ会話らしい会話もしていない。こちらとしては女に聞きたい事は山ほどあった。
「そうですね、じゃあこの辺が少しスペース出来たので座ってて下さい。お茶入れますから」
女の分担したゴミ捨てとキッチン周りは、シンク内に異臭のする生ゴミと放置され続けた食器がある程度片付いてはいたが、どうやら女が入れようとしているお茶のコップはさっきまでそのシンク内に長く放置されていたコップの様で、私は勘弁して欲しいと言う気持ちでこう言った。
「あの~お茶なら下に自動販売機が有ったから私が買って来ますよ、わざわざ入れてくれなくても…」
女は気まずそうにまだ下を向いている
私達は缶コーヒーと缶のお茶を手に持ったまま、ようやく会話らしい会話がスタートしたのだ。
私
「あの〜陽子さんって、婚活目的ですか?」
女
「いえ…いつかはとは思ってますが、今すぐにそういう相手が欲しいって事ではないんです」
私
「そうですか、まぁ〜僕もプロフィールにはすぐにでもって書きましたが、友達でも出来たらいいなぁ〜くらいの軽い気持ちなんで一緒ですね」
嘘である。どうしても見た目がドストライクな女に合わせようとしてしまう自分がまた情けなかった。
「でも本当に御免なさい、こんな事につきあわせて…私、実は今精神的に病んでて、やらなければとは思っても中々自分から掃除する気になれなくて」
少ない会話の中から女の情報を入手した。今、女は病んでる、きっと癒しを求めている、私の登場、脈がありそうだ。私はいつもの悪い癖で自分に都合の良い妄想を抱き始めた。
こういう心に闇を抱えた女には徹底して聞き手に回るのが良いと何かの雑誌で読んでいたので、私はひたすら女に質問しては一方的に話させた。
すると私に気を許したのか女は急に饒舌になり、仕事の事、部屋の事、自分の事をペラペラと話始めた、いつしか女は私にタメ口になっていた。
要約すると女は一年前迄結婚を前提とした彼氏が居たらしく、簡単に言えば洗脳されていたらしい。ネットワークビジネスにも彼氏から勧められ友人を無くし、金も要求されある程度の借金も作ったそうだ。それでも彼氏を好きだった女だったが最終的には彼氏と音信不通になり、自分が上手く利用されて都合の良い女として扱われていた事実をようやく理解した様子だった。女はそれを洗脳と表現した。
「でも今はその男の事をなんとも思ってないんですよね?新しい恋はどうなんですか?」
「だからぁ〜今は男とかどうでもよくて、仕事は宝石の販売なんだけど、言われたのよ、陽子さんが足立区に住んでます!って言いながら宝石売るのと、私は白金台に住んでます!って言って宝石売るのじゃあ、お客に対しての説得力が全然違うのよ!ってさぁ〜だから私は今ここに住んでるの」
知らんがな!と突っ込みたくなる持論を一方的に聞かされて私は内心イライラしはじめていた。
「掃除だってさぁ〜そりゃ白金台の高級マンションに住んでたら綺麗にしようって気持ちにもなるけど、こんなボロ屋じゃあやる気にならないのよ。でもさっ!私の給料じゃあ白金台に住むって決めた時ここしかなかったのよ条件に合う物件がねっ、でっ〜」
女は隙間無くずっ〜と話してくる。第一印象とは真逆だ。ついさっき迄私は、この女がどんな性格でもこの容姿なら結婚したい!と本気で考えていた。
今は…
結局は私も女性をシビアな目線で選んでるのかも知れない。この歳まで独身な理由はそこかも知れないと我ながら感じてしまった。
「でも~掃除なら誰にも負けません!ってのが凄く刺さっちゃって、凄い自身だナァ~って、私も人に負けない何かを持てたら自信が付くかなっと思ってて興味が沸いたんです。でもどうせならお掃除もお願いしちゃおうかなっみたいな www」
どうやらこの女は相当図太く図々しい一面があるようだ。話していくうちに女の本性がどんどんとわかっていき私は残念で仕方ない気持ちになっていた。同時にまさかこの女、初対面の人間に家の掃除をさせといてそれで終りってことは無いよな?いや・・充分にありえる、最悪この後飯でも行くならまだ可愛げもあるのだが・・その時は私が払ってもいい。もしくは折角車で来たのだからドライブでもして多少の感謝の言葉を貰いながらもう少しお互いを知ればこの女のいい所も発見できるかもしれないのだが、掃除が終った途端にハイサヨと言われたら私はどれだけ惨めな気持ちで家路をたどるのだろうか?想像しただけで怖くなってきた。そんな気持ちに白黒つけるために私はこう切り出したのだ。
「じゃあそろそろ最後の仕上げをして今日は終了しましょう。で、その後なんですが・・」
「その後?」
「あっいや・・その~自分はちょっとお腹もすいてますし・・そのお・・・」
山の手道りのカーブを曲がる私の車に対向車のヘッドライトがまぶしくスポットを当ててくる。時折自分の顔をバックミラーごしに見ているとまるで覇気のない死んだ魚の様な眼差しが私を見ていた。
私の助手席にはやはり誰もいない。
婚活をこれからも続けて行くうえで今日以上に空しさだけが残る日もあるだろう。踏んだり蹴ったりだなとため息が出る日も来るだろう。しかしまだマッチングアプリで婚活をはじめたばかりの私には今日は心身ともに疲れた日になった。白金台の一等地にあるオンボロ汚部屋に住む宝石販売の女は凛とした表情で冷徹にこう言った。
「掃除をしに来てもらっただけです」
落ち込む時は素直に落ちこめばいい。帰ったら酒でも飲むか・・。