マッチングおやじ|第1話|〔オーディション〕
髪の長い女はグラスを片手にし、いかにも自分はいい女なのだとアピールする感じで私に質問を投げかける。
何故四十五歳まで一度も結婚をしてこなかったのか?過去の恋愛暦に仕事の内容、年収や家の家賃、車の車名まで事細かく聞いてくる。怒涛の質問責めにウンザリした表情の私にはお構い無しといった感じで此方のデータをひたすら収集する様は正に取り調べの様な時間だった。
「今週はさぁ~お見合い週間だからさぁ~今日が月で火・水・木・金って~また他の人と合うの」
「えっ?そんなに?今週だけでそれだけの男性とこうやって会うんですか?」
「うん・・勿論そうよ!だってこういうアプリってそういうもんでしょ?」
そういうものなのかは、マッチングアプリで婚活を始めたばかりの私には判断が出来なかったが、兎に角今が自分にとって無駄な時間だと言うことだけはハッキリとわかっていた。
「だからさぁ~今日はオーディションだからね!頑張って下さい」
一瞬身体の中の血液が熱くなったような感覚が起こり、瞬間的に言い返えそうかと思ったが私はそれを辞めた。
女は髪が長く手入れが行き届いていた。スタイルも良くて後ろから見たら大概の男性なら「あっ!いい女かも・・」と顔を覗き込みたくなるだろう。しかし覗き込んだが最後、大概の男は幻想から現実に引き戻され、なんだか損した気分になるんじゃあないだろうか。予めアプリで女の顔を見ていた私の第一印象は想定内といった感じだ。
結婚ってのは顔でするもんじゃあなくって性生活が上手くいってる方が大事なんじゃないだろうか?だから顔よりもどちらかと言えばスタイルや色気とかを重要視していたので、マッチングしたその女と兎に角会うだけ会ってみたいと思ったのだ。
マッチングアプリの仕組みをご存知だろうか?男性は気に入った女性にアプローチ(いいね等)を送る。女性がアプローチ返し(いいね返し)をしてくれたらマッチング成立だ。女性の長ったらしい紹介文や自己アピール分には一切目もくれず、見た目の印象だけで日に三十人は適当に送っていた。そんな適当に繋がったこの女の印象は第一印象から三十分もしないうちに只の〔最悪な女〕に代わっていったのだ。
最悪な女は口で質問を出しながら、同時にそれなりに高級な料理をせっせと口に流し込んでいた。私にはその様が兎に角下品に見えてきて、仮にこの女と夜の営みを出来るのか?と考えた時にとてもじゃないが無理だと感じた。言えた立場で無いのは自分が一番わかっているのだが。下品な女の口に入るそれなりの高級料理は私がお会計をすることになる。因みにこのお店は女のたっての希望で入ることになった店だ。誰がはじめて会うまだ得体の知れない女と自らこんな高級なお店に入るだろうか。チェーン店でとは言わないが、(もっと庶民的なお店でいいのに・・)
女の強力な押しに負けたのだ。
(この感じじゃあどうせ財布を出す演技すらしないだろうなぁ~)
私がこのアプリで会った女の数は全部で5人。今まで一度も会計を割り勘などにはせずに私が払っていた。最初は男が払うのべきだと私も思っているのでそこはいいのだが、5人中4人は「ご馳走様」すら言えない人種だった。この女で5人目・・
(今回もご馳走様は期待出来ないだろおうなぁ~)そんな事を考えていると女が言ってくる。
「ねぇ~さっきから大人しいけれどどうしたの?もっと色々とアピールしないとオーディション落ちちゃうよ」
また瞬間的に身体の血が熱くなったが、なるべく冷静にこう聞いた。
「こんなに綺麗でそんなに沢山の人と会って今までカップルにならなかったんですか?」
若干の嫌味を込めたその質問に女はこう答えた。
「相手からのアピールは数え切れない程合ったけど~OKはまだ誰も出してない・・私モテるんです」
常識的に三十分やそこらで食事を終らせてサヨナラってのはいい大人の男がするもんじゃあないのだろうが、私はそれでもいいと思い「そろそろ帰りましょうか」と提案した。女はその言葉に特に驚く様子も無く「そうですね・・」とやっと敬語で答えてくれたんだ。
女の年齢は四十四歳、後ろから見たら凄く良い女で、正面から見ても歳の割には良い方だと思う。高級店を出て連絡先の交換をする事も無くサヨナラをした私達は、お互いに違う方向に歩いて帰っていった。
女には明日も明後日も予約待ちの男がいるが、私には現状マッチングした相手は誰もいない。そう考えると気持ちが少しだけ落ちていき私は小さく呟いた。
「ご馳走様は言うんだぁ・・・」
まだまだ始まったばかりである・・。