小説「ベーションマスター」2
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「天雅。そういやおまえんとこまだ一年入ってないんだって?」
「ん。ああ。まったくもってそのとおりだ」
「いいのかよ、のんびりしてて。さすがの生徒会長特権でも今回はまずいのでは」
「ははは。そんなものなんとでもなるさ」
とある三年の教室では優とクラスメイトたちが部活の話に花を咲かせていた。
実際学校側は優に「次の公式試合までに部員数が規定人数に達していない場合は廃部とする」と通告している。
いくら全国三位の輝かしい成績を残したとはいえ、たった二人の部員数で部活として認められていること自体異例中の異例だった。
だから優は入学式であんな無茶な宣伝をしたし、学校側もその無茶を黙って見逃したのだ。
なんとしても新入生を確保したい。
でもできるなら長くべ―マス部を続けてくれる生徒であってほしい。
優は今年で最後の部活。残される心のことを考えると、やはり適当な生徒を入部させるわけにはいかないのだ。
とくに向上心などはなくていい。ただオナニーが好きでずっとオナニーのことを考えている生徒がいれば。
放課後のチャイムが鳴る。
生徒会の仕事もそこそこに、優は少し早めに部室へ向かっていた。
他の生徒会メンバーには当然後ろ指を刺されたが、俺は会長だぞと言っていつものように仕事の途中で生徒会室を飛び出した。
考え事をしていたら心にはやく会いたくなったのだ。
先日は心が部室に帰ってくることもないまま部活を終えてしまったので、その後の彼のメンタルが心配だった。
後輩のメンタルケアも先輩の、いや部長の務めである。
「ん?」
部室棟の階段を駆け上がると、一年生と思わしき生徒の背中がチラっと目に入った。
どこか慌ててるような、それとも何かを探してるかのようなその仕草が気になって後を追いかけてみる。
もしかしたらまた心に何か言われたのかもしれない。
今度こそ新入部員ゲットのチャンスだ。
そう意気込んだ優はいつの間にか部室棟のトイレの前まで来ていた。
「なんだ。おしっこでも我慢していただけか」
さすがにトイレの中にまで入って勧誘するのはマナー違反だろうと、トイレの外で少し待つことにした。
そろそろ部室に行かないと心が待ってるかもしれない。
いやここで新入生を勧誘できれば、心の卒業までベーマス部を存続させられる。
自分がいなくなった後でも新入生がいれば、心も先輩として成長するだろう。
そういう期待もなくはなかったが、それにしても――
「遅いな」
時計を見ると例の新入生がトイレに入って三十分が経過しようとしていた。
さすがに遅すぎると優は心配になり、確認のためトイレに入る。
静まりかえるトイレの中をじっくり観察していく。
小便器のほうには誰もいないことから、おそらく個室のほうにいるのだろう。
手前から扉を一つ一つノックしていく。
何の反応も返ってこないまま、一番奥の個室の前にまでやってきた。
「おーい? 大丈夫か?」
ノックしながら声をかける。
他の個室と違って鍵が閉まっているので、明らかに中に人がいるようだ。
耳をすませるとかすかに吐息が漏れている。
しかもその吐息はまるで熱を帯びたように、はぁはぁと何度も短く息を吐いてはゴクリと音を鳴らした。
さすがにこれはおかしい。中で何か起きて動けないのかもしれない。
優は緊急事態だと判断し思い切り扉に飛びつくと、上から個室の中を覗き込んだ。
「な、なに!?」
「え、あ!?」
優と新入生の目が合う。
そこにはオナホールでペニスを必死にしごく新入生の姿があった。
まさかトイレでオナニーしているとは想定していなかった優だが、ひとまず扉から少し離れ新入生が出てくるのを待つことにした。
しばらくすると新入生がおずおずと個室から出てきた。
「いきなり覗いてしまってすまない。中で息苦しそうな声が聞こえたので緊急事態かと思い……」
「いえ、こちらこそすいません。お見苦しいものをお見せしました」
新入生は顔を真っ赤にして、まるでオナニーしていたことを見られたのがとても恥ずかしいという風であった。
「あー。俺は生徒会長の天雅優。君は一年……だよな?」
「あっはい。一年の御陰力(ほとりき)っていいます」
御陰力と名乗った一年生は恥ずかしそうに優の前を通り過ぎると、洗面所で先程使っていたであろうオナホールを丁寧に洗い始めた。
「何もトイレでオナニーすることはないだろう。一年の教室の近くにもベーションルームは設置されているはずだが?」
「あっはい。でも恥ずかしいので」
「ベーションルームを使うのがか?」
「はい」
「珍しいな。それにさっきも。オナニーを見られるのがそんなに恥ずかしいのか?」
「……はい」
天然記念物ものだ。今どきオナニーを見られるのはおろか、ベーションルームを使うのが恥ずかしいという人種が存在しようとはさすがの優でも思い至りもしなかった。
なぜならそれぐらいオナニーは当たり前のように人前で行われているし、駅や公園、コンビニにまでベーションルームが設置されているこの時代にトイレでオナニーするなんて発想が生まれること自体とても稀有なことだった。
義務教育の時点でオナニーは恥ずかしくないものだと叩き込まれるこの時代によもや義務教育を終えた人間が未だにオナニーを恥ずかしいと思えること自体奇跡だった。
「ん? そういや君の、いや力って呼んでいいかな?」
「あっはい」
「力がとても丁寧に洗っているそのオナホだが……」
「はい。これが何か?」
「まさかとは思うが、そのオナホ。小学生の時に全男子生徒に配布される最初のオナホでは?」
「そうですけど、何か?」
「な、なんだと……」
とてもありえないことだった。
どんなに長くても今の技術だとオナホールの耐久年数は六年と言われている。競技用オナホールに至っては一年も持たない。
ましてや小学生の時に配布されたオナホールなんてとても簡易的なもので、よほど丁寧に扱ったとしてもすぐに壊れてしまって使い物にならないぐらいちゃちなオナホールだ。
なので義務教育の間は基本的に何度壊れても新しいオナホールと交換できるように国から指定支給されているはず。
優なんてあまりにもオナニーが楽しくて義務教育中に破壊したオナホールの数はもはや朝食に食べたパンの数ぐらい記憶にない。
それをまさか一度も交換せずに高校生になってまで使っている人間なんて存在するはずがないのだ。
「ちょ、ちょっとそのオナホみせてもらってもいいかな?」
「え。汚いですよ。さっき僕が使ったばかりですし」
「かまわない。普段から人の使ったオナホは触り慣れているしな」
嘘ではなかった。心と一緒に練習していればいやでも心の使ったオナホールを触ることになるし、何より別に人の使ったオナホールを汚いと感じたことは一度もない。
オナニーという行為を恥ずかしいとか汚いなんて感じるような人間がいるとしたら自分たちよりも、もっと上の世代か、よっぽど頭の固い人間だけだ。
しかし、目の前の御陰力という一年生はもちろん自分より年下で、とても頭が固いような人間には見えない。
「ミゾが……ない。ちなみにこのオナホ何度目の交換品だ?」
「ミゾですか。ミゾは使ってるうちになくなりました。交換は一度もしていません」
「うそ……だろ」
ありえない。義務教育は九年。まさかその九年間一度もオナホールを交換したことがないというのか。
つまり優が握っているこのオナホールは使い続けて十年目のオナホールということになる。
そんなのはもう化石だ。中のミゾこそなくなってしまっているものの、外観はとくに破損もなく、触り心地も他のオナホールと大差がないように思える。
よほど丁寧に扱ってきたのか、それともメンテナンスがとても行き届いているのか。
少なくとも普通にオナホールを使っていて十年間も原型を留めているオナホールなんて見たことがなかった。
さすがに目の前の新入生力が嘘をついているのではと疑いたくもなる。
「いや。嘘かどうかなんてどうでもいいか。ということは力はオナニーが大好きってことか?」
照れくさそうに問いかける優のその一言は、力の心に深く突き刺さった。
「はい」
力のそれは純粋にオナニーが大好きな人間の瞳だった。
優は確信する。
彼こそが優が求めてやまなかった期待の新星。
是が非でもベーマス部に入ってもらわなければ。まず心に紹介するか。いやそれよりどう誘うか。この流れでいけるか。オナニーが好きでもベーマスが好きとは限らない。しかもベーマスは人前でオナニーをする競技だ。オナニーを恥ずかしいとか汚いと感じている人間にベーマスを勧めるのは酷ではないか。だめだ。それでも力しかいない。力以上の人材が見つかる可能性はこの先もう二度とないだろう。ここで誘えなければもう二度と――
「それでは天雅会長。僕はこれで……」
優が考え込んでいる間にオナホールを洗い終えた力がトイレから出ていこうとする。
咄嗟に優はこう言っていた。
「ベーションルームの使い方を知りたくないか?」
「え?」
「あ、いや。俺は生徒会長もやってるがベーマス部の部長も務めているのはもう知っているな?」
入学式に参加してればもはや周知の事実だが、それでもあえて口にすることでベーマス部への勧誘を強調する優。
「体験だけでもいい。一度ベーマス部の部室に来てみないか? そこなら思う存分オナニーができるぞ」
「…………」
少しの間をおいて。
「そ、そうですね。僕もいい加減ベーションルームの使い方を勉強しなくちゃと思っていたので。いつまでもこんなトイレでオナニーをするようなことはいけないと……」
力が恥ずかしそうに答えた。
「よし。ならついてきたまへ」
優は心の中でガッツポーズをとると、力を連れて部室まで案内した。
「なんだてめぇ……」
開口一番。そう答えたのはもちろん心である。
「待て待て慌てるな心。紹介しよう。こちらが今回我がベーマス部に体験入部することになった一年の御陰力くんだ。ぜひ仲良くしてくれたまへ」
「は、はじめまして御陰力といいます。よろしくお願いします」
「斗異頭心」
「え」
名前だけ名乗られてどう反応していいか戸惑っている力に優がうれしそうに解説する。
「人見知りなやつなんだ。ちょっと無愛想だが君を拒んでいるわけではない。ゆっくり仲良くなってやってくれ」
「は、はい。よろしくお願いします! 心先輩!」
「…………ん」
力の言葉に気を良くしたかどうかまではわからないが、心はそのままいつもの官能小説を読み始めた。
「でだ。力。これが我が部のベーションルームだ。競技用だからその辺にあるやつとは少し違うが、一度試しに使ってみるか?」
「え、あ、はい。これがベーションルーム」
ベーションルームの存在は普段から目にしていた力だが、いざ自分が使う側になるとは思ってもいなかったのでどうしていいかわからない。
「まずはそうだな。とりあえずハヤマスモードで使ってみるか?」
「ハヤマス?」
初めて聞く単語に力が反応する。
「あーベーマスには種目が大きく分けて三つあるんだ。ハヤマス、レンマス、ロンマス。各種目の細かいルールについては今は気にしなくていい。とりあえずベーションルームの基本的な使い方を教えてあげよう」
基本的には全裸になって使用することをまず伝えると、力は恥ずかしそうに服を脱ぎ始めた。
ベーマスの競技会では各学校のオリジナルユニホームを着て参加することもあると優が話す。
優が一年の時に着ていたユニホームが部室にあったのでそれを着てみるかと力に促してみたが、いつもそれを借りるわけにはいかないと全裸でベーションルームへと入っていった。
力がベーションルームの中に入ると、中からの声は一切外に漏れ出すことはなかった。
どれだけ大声で叫んでも声が漏れることはないので安心してオナニーすることが可能だ。
多少の圧迫感はあるものの、座り心地のいい椅子と空調設備のおかげで自分が今全裸であることを忘れるぐらい快適な空間であることがわかった。
『あーあー。力、聞こえるか?』
突然部屋の中に優の声が響いてびっくりする力。
一度ベーションルームに入ってしまうと外で何が行われているのか確認のしようがない。
あたりをキョロキョロ見回すが、もちろん四方を壁に囲まれているので何も見えなかった。
『競技用ベーションルームは特別でな。音声のやりとりが可能だ。中の映像もこちらからは専用端末で見ることができる。恥ずかしいかもしれんが、まずは俺の指示に従ってくれ』
「一方的に見られるってことですね。たしかにそれは恥ずかしいかもしれません」
『普通のベーションルームはそういうことはないから安心してくれ。とにかく競技用だからな。中を確認できないと不正をするやつが出てくるからな。今は不正とか関係ないから自由にオナニーしてくれてかまわない。なんなら一時的に映像をシャットアウトすることも可能だ。力のオナニー中は俺たちは見ないこともできる。どうする?』
「そうですね。でも今は使い方を学びたいのでそのままモニタリングをお願いします」
『わかった。じゃあまずは背後にある棚から好きなオナホールを選んでくれ』
「この棚かな」
力は背後の棚を確認すると形も大きさも色も違うオナホールが数種類並んでいた。
「一体どれを選べば……」
見たこともないオナホールに困惑する力に優は――
『そうだったな。力はこれまで自分のオナホでしかオナニーしてこなかったんだよな。だったらそれでいい。自分のオナホを使ってオナニーしてくれ。好きなオカズはあるか?』
「え? オカズまであるんですかこのベーションルームに」
『あーなんでもあるぞ。俺のおすすめはマッスルAVだ。力も筋肉をオカズにオナニーしてみないか』
「いえ。それは遠慮しておきます」
『そうか』
力に食い気味で否定されて心なしか声のトーンが下がる優。
若干テンションが下がった優だがその後もオナホールの取り付け方から、任意のオカズの出力の仕方に至るまで一通り説明を終えると、力にオナニーをしてみるように促した。
「こんなに便利なものがあったんですね。まさか自分の手以外でオナホが動くなんて……」
力は恐る恐るセットされたオナホールにペニスを挿入した。
そこで計測音が鳴り、はじめますかと音声案内が入る。
その音声にはいと答えるとゆっくりとオナホールが動き始めた。
力ははじめての感覚に腰を引いてしまう。しかしそれを追いかけるようにオナホールがペニスを逃さず離さず徐々に擦り上げるスピードがはやくなっていく。
オカズを選んでいる暇もないくらいの速さで力は射精してしまった。
あまりの気持ちよさに呆然としているとベーションルームの扉が大きな音を立てて開かれた。
「おいてめぇ! 今なにしやがった!」
「え!?」
そう言って声を荒らげて飛び込んできたのは心だった。
ベーションルームに鍵はついていないのかなと些細なことが気になったが、そんなことよりも鬼の形相で力に向かって「どうしてそんなに速いんだ。一体どこで練習した。本当にベーマス初心者かてめぇ。いいからさっさと箱から出てこい」と興奮が収まらない様子だった。
ジタバタする心が背後から優に羽交い締めにされながらベーションルームを追い出される。
優はこっちのことは気にしなくていいから、好きなだけベーションルームを使ってくれと力に優しく語りかけて扉を閉める。
力は何が何だかよくわからなかったが、もう一度あの射精感を味わいたくて先程と同じように自動で動くオナホールにペニスをあてがった。
今度はオカズを開く余裕があったので大好きな二次元の女の子を端末に表示して並べる。
一人っ子の力にとって二次元のかわいい姉や妹といった属性は刺激的だった。
えっちなお姉ちゃんとあんなことやこんなこと。甘え上手な妹とあんなことやこんなことを想像しながら力はその後も何回も果てることになった。
力がベーションルームを出ると心はいなくなっていた。
どうやら帰ってしまったらしい。優はいつものことだから気にするなと苦笑いしている。
「よかったら、また明日も来てくれ。放課後はいつもここにいるからな」
優がそう言うと、力はまた来ますと挨拶をして部室を後にした。