✉️言いたかっただけ
▼お借りしました!
風車小屋さん宅:フロウズさん
「ひょえ~……すげー……」
大きな大きな、それは見上げるほど大きなお屋敷の扉の前で、文字通りその全貌を見上げながらイゼットが呟く。手に持っているのは大きな荷物、ではなく、丁寧に蝋で封のされた封筒だ。
土地の契約がどうとか、屋敷の何とかがどうとか、イゼットには難しい話は分からないが、ともかく封筒の中身は大事な大事な書類だそうだ。フィンブルタウンの人気のない大きな屋敷に住む住人に書類へサインをしてもらい、それをまた依頼主へ届ける。それが今回の配達任務だ。
屋敷の大きさに驚きこそしたものの、それで臆する彼ではない。軽快に扉をノックして、
「どうもー!お届け物なんっすけど!誰かいませんかー!」
大きな屋敷に負けないくらいの大きな声でそう呼び掛ける。ノックをやめればしんとした空気が流れるだけで、届主が出てくる様子はない。仕方なくもう一度ノックをしようとしたところで、ゆっくりと扉が開いた。
「おっ……と……あれ?」
イゼットの目線には誰も映らず、少し視線をさげれば可愛らしいストールを巻いたイエッサンがそこにおり、不思議そうに彼を見上げている。イゼットは躊躇いなく彼女の目線まで屈んだ。
「こんにちは。このお屋敷の子っすか?オレ、ここに住んでるフロウズさんって人に用があるんすけど……」
そう言うと、イエッサンは少し悩んだあと扉を解放し一声して、中に招き入れてくれるような動作をする。それにイゼットはありがとう、と返事をしたあと、屋敷の中に足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす……」
なぜか少し小声になりながらも挨拶をし、ちらりと招き入れてくれたイエッサンを見る。主の元へ案内してくれるわけではないようで、むしろ探すような素振りを見せている。恐らく、彼が屋敷にいることは知っていても、その居場所は知らないのだろう。
それならば、とイゼットは大きく息を吸い声を張り上げた。
「こんちはー!!お邪魔してまーす!!!お届け物にきました!!フロウズさんいますかー!!!!」
そのように何度か呼び掛けながら、屋敷を進む。イエッサンが前に進む歩幅に合わせて、イゼットも前に進んだ。決して追い抜かして先に行くことがないように。
しばらくそのようにしながら呼び掛け続けていると、ふいにガチャ、と音を立てて一つの扉が開いた。
そこにはとてもとても不機嫌そうな茶髪で長髪長身の男性が立っていて、イゼットを睨むようにしている。その傍には精悍な顔つきの色違いのヘルガーが控えていた。
「……何の用だ。人の屋敷で、騒がしい」
声色は低く、煩わしそうなのはすぐに分かった。分かったが、イゼットは安心したような笑みを浮かべる。
「よかった、会えなかったらどうしようって思ってました。勝手に入って、大声あげちゃってすみません」
帽子を下げるように触れた後自身も頭を下げて、続ける。
「フロウズさん、すよね?オレ、イゼットって言います。配達員です!この書類にフロウズさんのサインが欲しいって預かってきたんです」
手に持っていた封筒を差し出すと彼はそれを怪訝そうな表情で受け取って、封を開ける。書類を開いて一通り目を通せば、はあ、と面倒くさそうな溜息を一つついて、イゼットが差し出したペンを受け取った。
さらさらとペンを走らせ、彼はその書類をイゼットへと突き返した。
「これで用事は済んだだろう。さっさと出ていけ」
「はい!ありがとうございました!」
君も一緒に探してくれてありがとう、とイエッサンに笑いかけたあと、フロウズから受け取った書類を折りたたもうとし、ふ、と動きを止める。踵を返そうとしていたフロウズもなんだ、と言わんばかりにイゼットを見やる。
「あの、あんまりこういうの見ちゃダメだって分かってるんすけど」
少しバツが悪そうに頭を掻いて、それから心底楽しそうな、嬉しそうな、そんな表情を彼に向けた。
「フロウズさん、”ユレイナス=ルロア”って言うんすね!」
「……それがどうした」
フロウズが眉間に皺を寄せ、言葉を返す。
イゼットは気にすることなく、今度こそ書類を封筒に入ってたように丁寧に折りたたむと自身の配達用鞄へとしっかり納めた。
「めっちゃかっこいい!それだけ!」
じゃあ、ありがとうございました!ともう一度元気にそう言って、唖然とした表情のフロウズを置いて颯爽と屋敷を後にするのだった。
その後、書類はきっちりと依頼主に配達しとても感謝されたのはまた別の話だ。