✉️空が落ちる
こちらの流れをお借りしています。
▼お借りしました!
カナリアさん宅:メイメイさん
空に焦がれた。
この広大な海を一瞬で染める、空の色に魅入られた。
きっかけは、些細なことだったと思う。他人にとっては小さな小さな出来事で。それでも、イゼットにとってそれはとても大きな出来事だったのだ。
人生を、変えるほどの。
羨ましかった、と言ってくれる彼女の言葉で、そのことを少しだけ、思い出していた。
「オレがこういうとき行くとこは、決まってるんです」
行きたい場所がありすぎて悩む、と自分に行きたい場所を委ねてくるメイメイを振り返って、二ッと笑みを返して見せる。期待に満ちた眼差しがこちらを見返してきて、それに応えたくなってしまう。
「でも、そこに行くのは最後で!日暮れくらいまで、時間ありますか?」
「大丈夫だけど……でも、どうして?」
不思議そうに首を傾げる彼女の問いには答えることなく、そっとその手を取って自分の腰のあたりに宛がう。
それから前を向いて、ナハトの背をトントンと叩いた。
「しっかり掴まってくださいね!」
メイメイは高いところが苦手、というわけではなさそうだったが、期待の中にわずかな緊張が見えた。初めてのことに挑戦するときは誰だって不安だし、緊張もするだろう。
それなら、それが吹き飛ぶぐらいとびきりのドキドキとわくわくを。
「メイさーん!!見えますかー!?」
上昇したことによる風圧で恐らく目を瞑っているだろうと予測して、イゼットは後ろまで聞こえるように大きな声で問いかける。
ライドしている関係上彼女の様子を見ることはできないが、今、目の前の光景を目に焼き付けて欲しくて。
「わあ……!」
彼女の感嘆の声が聞こえる。目に映るのはノアトゥンシティ全土、そしてそこに繋がる港だ。空は快晴。光を受けた真っ青な海面が反射してキラキラと輝いている。
「ねえ!どこに行くのー?」
「まずはこの辺一帯ぐるっと回って、それからダグシティ方面にでもいきましょうか!」
あまり遠くへ行きすぎるのもいけないかな、という思いと、ウィグリドやヴァニル方面だと静かで穏やかで良いのだが、ドキドキとわくわくとは少し違うかな、とそちらへの選択をする。
その無邪気な声に嬉しくなって、ナハトに合図してスピードを少しだけあげた。怖がらせない程度に。
メイメイのことは大人っぽくて面倒見の良いお姉さん、という印象だった。実際よくお世話になっているし、明るくて誰にでも親し気だ。しかし、子供っぽくはしゃぐ一面もあるのだな、と素直に可愛らしい人だなと思った。
「フィンブルの方も真っ白ですげー綺麗ですよ!温泉とかもあって!今日は防寒してないんで、また今度行きましょう!」
そんな雑談を交わす自分も、自覚できるくらいに楽しくてはしゃいでいて、一緒に飛んでいるナハトも楽しそうで、メイメイの楽しそうな声も聞こえて。
そのままのスピードで旋回して、空を駆けた。
===
それからノアトゥンシティ周辺の街並みを空から眺めて、ダグシティに降り立った。食べ損ねていた昼食と、少しの買い物。
誰かとこうして食事をしたり、買い物をしたりすることはそんなに多くない為彼女に楽しんでもらえているか少し不安になったが、一緒に話しているうちにそんな不安はいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。
あっという間に時間は過ぎて、気付けば空は夕焼け色に染まり始めていた。
「荷物、持ちますよ」
メイメイが買ったものを抱えて、ナハトに跨る。彼女はメイメイに顔を寄せあくまで傷付けないようにそのくちばしを差し出す。撫でて、と言わんばかりのそれに彼女が応じると、ナハトは甘えたような声を発する。先のバトルと、彼女を乗せて飛ぶのが相当楽しかったらしい。
イゼットが命じるより先にナハトは背を低くしてメイメイが乗りやすいようにし、イゼットはそれに手を貸した。
「あっという間だったわね。もうこんな時間だなんて」
「そうですね。……じゃあ、最後にもう一ヵ所だけ付き合ってください」
また、トントンとナハトに合図をすると彼女は飛び上がる。しかし今度はイゼットがどこに行くとも指示もせず、まるで目的地が分かっているかのように一直線に飛び続けた。
ノアトゥンシティの眼前に広がる、ラーン港。それが一望できる高い高い場所で、ナハトは滑空し始める。昼間の真っ青な海面とは打って変わって、真っ赤な海面が輝いている。
その水平線を、イゼットは指差した。
「太陽が空に落ちて、海と一緒になる瞬間が好きなんです」
帽子を外して、髪を解く。風がメイメイとイゼットの長髪を撫でて揺らす。なんとなく、彼女の方を見ることは出来なかった。
彼女も、話を聞いてくれているように思えた。
「日が完全に落ちるまで、その水平線を眺めてるのが日課なんすよ。らしくないですかね」
「あら、そんなことないわよ」
冗談っぽく笑えば、彼女は穏やかにそう言ってくれる。
今、この時間が嘘みたいに静かだった。
「オレ、生まれは海なんです。しばらく帰ってないんですけどね」
ふ、と口から次いで出た言葉を慌てて噤んで、すみません、と告げる。隠していたつもりはないが、わざわざこんな言い方をするつもりはなかった。
少し気まずくなって、彼女の返答を待つことはしなかった。
「……そろそろ帰りましょうか!遅くなるとロンさんが心配するでしょうし」
落ち切らない太陽を臨みながら、解いた髪を括り直した。