🎤✉️春と始まりを告げる

▼お借りしました！
いるいさん宅：シンイチロウくん、アマナちゃん

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「くっそぉ……やられた……」

　戦闘不能になったリーシャンのミヅを抱きかかえて、シンイチロウは文字通り悔しそうに呟いた。
　相手は風船売りの、柔らかそうなピンクの髪を高い位置で二つ結んだ可憐な少女で、彼女はたった今バトルに勝利したパートナーのヌイコグマを抱き締めて喜んでいる。
　そのバトルの一部始終を、ラティールは後ろから微笑ましく眺めていた。
　シンイチロウは自分を楽しませようと、風船をプレゼントしてくれようとしたことは分かっている。もちろん風船売りの彼女にきちんとお金を支払えば風船は売ってもらえるのだが、そこはいいところを見せようとしてくれたのか、エンターテイメント性なのか―――定かではないが、”自分を楽しませようとしてくれた”という事実だけは何も変わらない。
　そういうところが、とても可愛く愛おしい、と思う。

「残念だったね。でも良いバトルだったよ、シン」
「う……かっこ悪いとこ見せたよな……」
「ぜーんぜん。シンも、彼女もすごく楽しそうだったから、僕もすごく楽しかった」

　しょんぼりとするシンイチロウの肩を軽く叩き、その後彼に抱きかかえられているミヅの頭も撫でて、ありがとうね、と声を掛ける。
　シンイチロウもミヅも少しだけ笑ってくれて、ラティールも嬉しくなる。

「ね。僕もバトルしてきていい？」
「え、ラティもバトルするのか？そんなに風船欲しかったか？」
「あはは、違うよ。言ったでしょ、二人が楽しそうだったから僕もしたくなっちゃったんだ」

　ラティールは彼の言葉に笑って、風船売りの彼女の方を向く。一歩、二歩、彼女に近付く。

「さっきのバトル、とっても素敵だった。よければ私ともバトルしてくれないかな？」

　もちろんパートナーが回復する時間は待つよ、と付け加えると、彼女は傍に控えていたもう一匹のパートナー、色違いのイーブイの方を見て微笑んだ。

「ありがとうございます！もちろん！」

　彼女の次のパートナーはイーブイ。恐らくパートナーたちにバトル経験を積ませたいのだろう。そう感じるのは、初心者のバトルにしては彼女のバトル指示があまりにも出来過ぎているからだ。
　シンイチロウもそう感じたからこそ、ミヅを選出したのだろう。

「じゃあ私は、ピチカ―――……」

　思案し、ではこちらも、と、先ほどまで自分の肩に乗っていたパートナー……チルットのピチカートでお相手をしようと名を呼び掛ける。
　そういえば、先ほどから肩に重みを感じない。ふ、と、そちらを見ても、そのふわふわの羽毛と青い体は見当たらない。

「ピチカート……？」
「……？どうかしたんですか？」

　ラティールの様子がおかしいことに気が付いた風船売りの彼女も、少し心配そうにこちらへ寄ってきてくれる。同じく様子に気が付いたシンイチロウもラティールの元へ駆け寄ってきた。

「ピチカート、いないのか！？」
「う、うん……さっき、さっきまで……一緒にいたんだけど……」

　サァ、と血の気が引く音がする。胸のあたりを、ぎゅっと掴んで、自分を落ち着かせようとする。と同時に、そこにある存在を無意識に確かめた。
　胸ポケットには、まだ一度も使用したことのない……キーストーンがはまったブローチが入っている。コロン、とした感触が手に伝わる。キーストーンは、ここにある。それに少しだけ、安堵する。

「俺、探しに行ってくる」

　シンイチロウが今度は自分の肩を軽く叩いて、安心させるようににかっと笑って走り出す。それから少し振り返って。

「大丈夫！絶対見つけるから！」

　その言葉がとても心強くて、ラティールもその背を追うように走り出す。

「ごめんね、バトルはまた今度！」
「私も迷子の子見つけたら声掛けますね！」

彼女も手を振りながらそう言ってくれて、ありがとう、と答えながら手を振り返した。

***

「どうも！お届け物でーす！」

　とある一軒家の扉を叩いて元気にそう挨拶をすれば、家の主は笑顔でその荷物を受け取ってくれる。ありがとうございました！とまた元気に返せば、家の主も同じくお礼を返してくれる。
　イゼットは、配達業務をしていてこの瞬間が一番好きだ。
　今日も無事荷物が届けられ、満足して次の配達を、と預かった手紙や小包が入った鞄の中を漁る。今日はどうしてかこの街―――ヴァニルシティの配達物が多いようだ。

「っにしても今日すっげー賑わってるな。お祭りやってんのか！」

　配達物の確認をしながら街の様子を見渡し、少し楽しくなって視線は向けずパートナーであるピピに話しかける。

「まだもう少し配達物あるけどさ、落ち着いたらお祭りちょっと覗いてみようぜ！」

　な、とピピが定位置としている頭の上に手を翳す。
　ふわっ。

「んえ！？」

　何かものすごく柔らかいものが手に触れ、慌ててそれを乱暴にならないように掴んで目の前にもってくる。
　そこにはすやすやと気持ちよさそうに眠る、チルットの姿がある。頭の触覚部分にメガストーンが括りつけてあることから、野生ではないことは明白だ。
　きょろ、と周りに目をやると、話しかけていたピピは定位置を取られて不機嫌そうに空を飛んでおり、頭からそれがいなくなったことで満足そうに頭に止まり直した。

「ええ……チルット？野生……じゃねえよなあ……迷子か？」

　ツンツンと優しく体をつついてみるも、チルットは安心しきったように眠り続け、起きる様子はない。

「んー……このまま放っておくわけにもいかねえし、配達しながら聞き込みして、トレーナー探すか！」

　器用に頭に乗ってたなーお前、なんて軽口を叩きながら、イゼットはそのチルットを優しく抱えて、配達業務へと戻っていくのだった。