💉ずっと"此処"にいる

こちらの流れをお借りしています。

▼お借りしました！
とわさん宅：ユニちゃん

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　心臓が、嫌な音をして跳ねた。
　席を立って駆けだす彼女の背中に、声が詰まる。届かない。この手は、言葉は、もう。
　当然だ。ユニのことを、彼女のことを何も知らないくせに、余計なことを言って傷付けた。彼女にだって理由が、事情が、思いが、切望が、あったはずなのに。

　―――わたしのことなんて、ほっといてよ。

　言葉が脳裏でリフレインする。
　そんな。そんなこと。

「……っ、オスカー！」

　名を呼べば、すでに駆け出していた彼が自分の横につき、乗れ、と言わんばかりに首を振る。
　その艶やかで白い体を一撫でして、その背に飛び乗って。オスカーはテオが指示を出さずとも、すぐにユニを追いかけるように走り出した。
　日はもう高くない。もうすぐ夕暮れが、夜に変わる。彼女は森の方に駆けて行った。自身のポケモンも持たずに。夜の森は視界が悪い上に、悪戯好きな夜のポケモンたちが動き出して危険だ。

　自分のせいだ。
　そんな罪悪感が自分を支配しそうになるが、感情をぐっと抑えこんで彼女を探した。そんなに遠くには行っていないはずだ。
　森の中では体の大きいオスカーは小回りが利かない為、彼の背から降りて辺りを見渡す。耳を澄ませば、ガサガサという草木が擦れる音が聞こえた。近くに、ポケモンがいる証拠だ。彼女を呼ぶために大声をだせば、彼らを刺激するかもしれない。
　それなら、上空から。
　そんな思考が頭をよぎったとき、突然オスカーが一声し駆けだす。そちらに目をやれば、夜の森でも美しく靡く淡い色の長髪が目に入った。

　「ユニちゃ……っ」

　声を掛けて、駆け寄ろうとしたところで気が付いた。彼女の後ろに、黒い影が揺らめいている。ポケモンだ。恐らくオスカーはいち早くそれに気が付いて、駆けだしたのだろう。
　だが、彼女を救い出すには、間に合わない。

　「オスカー！」

　無我夢中で、叫んだ。　

　「"サイコカッター！"」

　その攻撃指示に、オスカーは迷うことなく技を繰り出した。彼の角が輝き、まるで刃のようなそれが影に向かって飛んでいく。
　それは幸か不幸か、距離があったためか、黒い影に命中することはなく、しかしその影は突然の攻撃に驚いたように一声してその場から逃げ出してしまった。

　「……テオ、くん」

　ユニの、怯えたような、申し訳なさそうな、小さな声で自分を呼ぶ声が聞こえる。しかし、それに反応することが出来なかった。
　目の前が歪む。言いようのない、吐き気にも似た気持ち悪さがせり立ってくる。口を押えて、その場に膝をついた。

　――――ああ、”また”だ。

「テオくん……？」

　ユニの、今度は困惑した声。こちらにゆっくり近付いてくる足音。もう一つ同じように動く足音が聞こえることから、オスカーが彼女の近くに寄り添ってくれているのだと分かって少し安堵する。
　目の前に小さな足が見えて、ゆっくり深呼吸をして、ゆっくりと顔をあげる。
ただ、その表情を見ることはできなかった。顔を上げて、視線を落として、彼女の手を静かに握った。

「……俺の旅の始まりはね、逃げることだった」
「逃げる……？」

　少しだけ、ユニの手に力が入ったのが分かる。

「そう。嫌なことから目を背けたくて、逃げた。……それが始まり。それからもう何年も旅をしてるのに、自分のパートナーに満足に攻撃指示も出せないんだ。……情けないよね」

　震える手を、もう、隠すことはしなかった。
　まだ、彼女の表情を伺うことは出来ない。何を言っているのか分からないだろうな、なんて少し冷静な頭で思いながら、言葉を続ける。

「君の始まりを、そんな風にして欲しくなかった。ただ……それだけだったんだ」

　彼女の困惑している雰囲気を感じる。それでも握っている手を固く結んで、祈るように掲げた。

「でも、それは俺の押しつけだった。君の気持ちを、考えてない発言だった。本当に、ごめんね」

　自分だけが、ずっと"此処"にいる。
　動けずにいる。

　彼女は、今、どんな表情をしているだろうか。