国賊・尹錫悦の"フリメール14日" - 戒厳クーデターを黙認した黒幕の存在と思惑
激動の2024年。その師走の政局の中心が兵庫県からソウルに移った。12/3 深夜、尹錫悦が、韓国で44年ぶりとなる戒厳令を突然発し、そこから6時間後の 12/4 未明、それを翻して解除するという大きな事件が起きた。国会で多数を占める革新系野党は、戒厳令布告と同時に国会に集結、市民多数も国会に集まり、この戒厳令を解除・無効化する決議案の可決に出た。他方、大統領の指示を受けて設置された戒厳司令部は特殊部隊を国会に派遣、武装した兵士が窓ガラスを破って建物に侵入、野党党首らを拘束連行しようと図った。それに対して国会職員らがバリケードで抵抗、市民も加わって兵士と揉み合いとなり、部隊を国会から追い返すことに成功した。ほどなく、午前1時に国会を開いて決議案を可決、それを見た尹錫悦が午前4時半に戒厳令解除を表明した。12月4日はフランス革命歴でフリメール(霜月)14日となる。マルクスの名著にあやかって題名を着想した。
学生時代、岩波の世界を読むのが楽しみで、図書館の(ちょうど時計台の裏側に位置する)2階ロビーで、講義のない時間によく貪り読んでいた。TK生の『韓国からの通信』と藤村信の『パリ通信(プラハの春、モスクワの冬)』が連載されていた。法文学部のキャンパスには、屡々「金芝河釈放!」を要求する立て看があの独特の書体で立っていた。そこから少しして、大学生活も終わりが近づく頃、79年10月に朴正熙暗殺事件が起き、粛軍クーデターで実権を握った全斗煥が80年5月に韓国全土に戒厳令を敷き、5月下旬にかけて忌わしい光州事件が起きる。光州事件については、最近になって『タクシー運転手』とか『ソウルの春』の映画で描かれているが、それを現代史として知る若者と、実際に生の経験で知る高齢者とでは、感じ方に差があるはずで、今回の戒厳令布告が韓国の60代以上に与えた衝撃と恐怖は何如ばかりだっただろうと想像する。
12/4 の朝起きたら、Xのトレンドに事件の一晩の始終が載っていて、特殊部隊の突入をバリケードと消火器噴射で応戦した攻防戦の動画や、ハイライトとなったところの、女性報道官が兵士の銃口を掴んで取っ組み合いを演じ、気迫で撃退する動画がタイムラインに流れていた。徐台教が正確な刻々の現地情報をXで伝え、それを纏めた記事を 12/4 午前11時過ぎのタイムスタンプでヤフーニュースに載せている。短い時間で迫真の様子を取材・報告・解説したジャーナリズムの生産力に舌を巻く。無能と怠惰と忖度が取り柄の日本のマスコミ記者にはとてもできない力業だ。記事に登場する市民の勇敢な行動にも敬服の念を抱くばかりで、まさに韓国民主主義の崇高なエネルギーが迸っている。戒厳軍の国会封鎖を防ぐべく、市民たちは身体を張って武装兵士の前に立ちはだかり、決死の覚悟で国会と議員を守った。先人が流血の犠牲を払って得てきた韓国民主主義を防衛した。感動的だ。
テレビを見ていたら、戒厳令の攻防で国会前に駆けつけた市民の若い女性が、こんな醜態を見せて恥ずかしいと(日本のテレビカメラを意識して)語っていた。羞悪と廉恥の精神性がビヘイビアモデルのウエイトを占める、韓国人らしい言葉で清々しく聞こえる。確かに、大統領が自分の権力闘争の目的と動機で、対抗勢力を潰すべく恣意的に戒厳令に出る強権政治は、先進国では見ない絵で、ミャンマーやバングラデシュの如きであり、先進国たるを特に意識し自覚する韓国人には堪えられない恥辱の事態だろう。客観的には、実に非民主主義的で途上国的な愚劣な姿だ。だが、そこには不思議なパラドックスとコントラストがあり、今日これほど見事で画期的なデモクラシーのドラマはない。まさに丸山真男的な理念的な民主主義が体現され、その神髄が世界の前で証明されていた。世界の人々は韓国民主主義の伝統と水準の高さを知り、喝采を送り、大いに勇気づけられたに違いない。
尹錫悦はなぜ無謀な戒厳クーデターに出たのか。失敗することが分かり切っている、大義名分のない、憲法違反の戒厳令発動に出たのか。12/4 の昼からずっとその議論が続いている。戒厳クーデターが6時間で失敗に終わった結果と事実から顧みれば、尹錫悦の決断と行動は全く理解できない謎に見えるし、政治の素人が追い詰められて焦った暴走と狂態にしか見えない。傍から観察した分には、そこには何の客観的合理性もなく、勝算なく成功に繋がる条件と要素はない。日本のワイドショーと夜の報道番組は、辺真一と金慶珠をスタジオに呼び、西野純也や木村幹にコメントさせ、尹錫悦が戒厳クーデターに至った動機と理由を解説させているが、結局、それは謎だという結論で堂々巡りを繰り返している。あまりに突飛で軽挙妄動な、用意周到さを欠いた、禁断の一手の暴挙だったから、そう論評するしかないのだ。だが、尹錫悦は発狂したわけではなく、素人なりの勝算と布石はあったのだろう。
実際に、8月頃から、尹錫悦が戒厳令を敷くという観測が浮上し、野党議員がたびたび疑惑を提起しており、明確な証拠がないため「陰謀論」扱いされていたという経緯がある。今回、まさにその指摘が図星となる顛末となり、野党側はその危険性を予知し警戒していたから、深夜でも即座に国会に全員集合する素早い反撃行動に出られたと言える。火の無いところに煙は立たない。どれほど隠密に準備しても、クーデターは一人ではできず、協力者たる軍の最高幹部と実働部隊を必要とするから、狭いソウルで自ずと気配が察知される次第となったと思われる。このクーデターで注目を要するのは、関わった軍人の面々である。現在のところ、国防部長官の金龍顕が計画を進言し、金龍顕の陸士後輩である陸軍参謀総長の朴安洙を戒厳司令官に据え、さらに、朴安洙の部下である陸軍特殊戦司令官と首都防衛司令官の二人を作戦部隊の指揮官に配している。
制服トップである合同参謀本部議長の金承謙は、海士閥のため、この中核集団の外にいたという説明だが、軍は機械的上下構造のピラミッド組織であり、陸軍参謀総長が国防相の指示で戒厳軍司令官に就任した事実を、制服トップの合同参謀本部議長が知らないはずがない。側聞していただろう。韓国軍が深く関わって動いている。また、実際にそうでなければ、国会を含めた一切の政治活動の禁止とか、言論と出版の戒厳司令部による統制とかの措置の実効性が担保されない。もし、特殊部隊による国会制圧が成功し、野党議員の集会と決議を阻止していれば、4日中にもソウル市街に陸軍の戦車部隊が展開して、新聞社や放送局やネットプロバイダを戒厳軍が統制していただろう。野党幹部は逮捕監禁され、まさに民主化以前の40年前の韓国に戻った世界が出現していたと思われる。危機一髪だったわけだが、韓国軍は酔狂のような尹錫悦の暴挙に同調していた。
この点が重要である。なぜ、こんな杜撰な、どっちに転んでも韓国史の汚点となる、間違えば大量の市民を虐殺して全土を流血の海とした、無謀なクーデター計画に韓国軍の最高幹部は同意し同調したのか。尹錫悦に打診されても、理性のある、韓国の国家国民の安全に責任を持つ軍人なら、「大統領、それはできません」と断って諫めるはずだし、尹錫悦に協力などしなかっただろう。軍が協力しなければ、クーデター計画は実行に移せない。然るに、今回の謎は、なぜ尹錫悦が戒厳クーデターに出たのかではなくて、なぜ軍がクーデターに応諾したのかである。そこに焦点を当てれば問題の解は得やすい。答えは、あくまで仮説だが、尹錫悦が陸軍参謀総長にこう言ったからである。「アメリカ(米軍CIA)が了承し支持している」。こう言って"エビデンス"を示せば、陸軍参謀総長も首都防衛司令官も「それなら」と納得し、最高司令官たる大統領の命令に応じる態度になっただろう。
これが私の直観と推理だが、逆に言えば、この想定以外に韓国軍トップがクーデターに同意する理由と条件がない。12/14、米国務省のキャンベルは、「判断を大きく誤った」と言って尹錫悦を批判している。だが、これは表面上の形式辞令であり、アメリカは戒厳令には無関係とするアリバイ工作である。敢えて意地悪く勘ぐれば、「アメリカ政府(国務省)には打診はなかったが、CIAは裏で相談を受けた」という種明かしだろうか。再度、尹錫悦の無謀と暴走の分析に戻るが、尹錫悦の精神状態が異常で錯乱していたということはあるまい。尹錫悦には自信があったのだ。だから決行に及んだのだ。その根拠は米軍CIAのエンドースであり、戒厳令と軍事独裁をホワイトハウスが追認するという思惑に他ならない。戒厳令が直後に国会で覆される進行を避け、2日3日、一週間と戒厳令施行の既成事実を作れば、アメリカは必ずこれを黙認するという目算があり、言質を取っていたのだろう。
尹錫悦は、支持率20%を切った事実上レイムダックの大統領である。誰もが酷評するとおり、この男には政治の能力がない。政治の知識と経験がなく、政治家としての資質が欠如している。韓国の世論は尹錫悦を見限っている。その尹錫悦が大統領の地位を続けられるのは、アメリカから評判がよいからであり、日本からも好感厚遇されているという外交上の立場を標榜できているからである。韓国にとって「アメリカからの期待と評価」は何より重要で決定的な、政治家の武器となる要素らしい(日本もそうだが)。尹錫悦が自らのアドバンテージとして確信し宣伝しているのが、「アメリカとの関係」であり、「韓米日の堅固な信頼関係」であり、それを実現している立役者という自己認識だ。なので、軍にせよ何にせよ、韓国の関係者は尹錫悦の向こうにアメリカの意向を見るし、尹錫悦を米韓同盟のシンボルとして見る。
その尹錫悦に「アメリカも戒厳令を了承している」と示唆されれば、陸軍参謀総長も警察庁長も首を縦に振って謀略に追従するだろう。以上が大統領と韓国軍の謀計の内幕であるとして、それでは、本当にアメリカ(CIA)は戒厳令を事前に知っていたのだろうか。そう断言できるのか。この設問についても、政治の常識の角度からアプローチすれば答えは簡単だ。もし、尹錫悦が事前にアメリカに何も告知せず戒厳令発動に及んだ場合、それが失敗しても成功しても、アメリカを激怒させ失望させていたことは間違いなく、その時点でアメリカは尹錫悦を縁切り処分にしただろう。尹錫悦の政治生命は終わっていた。クーデターが成功しても失敗しても、尹錫悦が頼みにするところは唯一アメリカであり、アメリカが引き立て続けてくれればそれでいい。アメリカが尹錫悦の政治基盤なのだ。それが国内で四面楚歌の尹錫悦の真実であり、そこから考えれば、戒厳令を事前に連絡していないという解釈はあり得ない。
それでは、もしアメリカ(CIA)が尹錫悦から「戒厳令やります」と相談を受けていたとして、なぜそこで「やめとけ」と中止を勧告しなかったのだろう。事前にアメリカに連絡が入っていたと仮定して、アメリカが承諾せず尹錫悦に中止を命じていれば、尹錫悦は諦めて撤回していただろう。仮定に仮定が重複して、実に「陰謀論」的な試論を築いて恐縮だけれど、アメリカが制止せず決行させたのには理由があると私は深読みする。尹錫悦が戒厳令を打てば、それが成功しても失敗しても韓国の政情は大混乱となる。親米右派と左派が衝突し、安定した政治体制に容易に着地することはない。アメリカは、どこかで韓国軍と一緒に介入する場面を謀慮し、左派の一掃排除に出ようと戦略を立てているのだろう。戒厳令クーデターが成功すれば、すぐにその局面となり出番となる。失敗すれば、韓国を左右激突の騒乱状態にさせ、どこかで軍事介入を狙い、結局、クーデターが成功した場合と同じ地平にする。
大胆で飛躍した想像であり、「陰謀論」の典型で極致の論だと嘲笑されそうだが、構わず言えば、アメリカがこう意図して韓国を動かす理由は、2年後に台湾有事を控えているからだ。台湾有事が始まれば、韓国軍には中国軍と交戦してもらわなくてはいけない。韓国も戦場となる。そのとき、足を引っ張るであろう韓国の左派は邪魔なのだ。東アジアの中でアメリカ(CIA)にとって邪魔なのは、韓国の左派と台湾の国民党である。日本には障害となる政治勢力はない。台湾有事に向けたCIAの政治プログラムの中で、韓国左派と台湾国民党を潰すことは、きわめて重要な目標課題となる。どのみち対中戦争を開戦すれば、韓国も日本も戦場となり、どちらも軍事独裁国家 ー 日本は大政翼賛会型だが ー となる。日本国憲法の人権規定は効力停止となる。尹錫悦が読み上げた戒厳令布告は、米CIAの正直な本音だと考えてよい。布告の「北朝鮮」を「中国」に、「韓国」を「東アジア」に置き換えて読めば、意味は容易に腑に落ちるだろう。