トランプが圧勝したアメリカ大統領選挙 - ハリスのカリスマ欠如と”多様性”の挫折
アメリカ大統領選(11/5)の結果、トランプがハリスに大差をつけて圧勝した。激戦州と呼ばれた7州で悉く勝利を収め、選挙人の数で圧倒しただけでなく、総得票数でも上回る結果となり、まさに予想外の大勝となった。上院も共和党が過半数を制し、下院は現時点(11/10)で議席が固まってないが、共和党が優勢な情勢となっている。投票率は戦後2位の高さの65%を記録していて、今回は明らかにアメリカ国民がトランプを支持した選挙結果だと断言できる。民主党は岩盤支持層と見られていた黒人票やヒスパニック票、さらには若者票を切り崩されて失い、衝撃を受けて党内で混乱が起きている。11/8 にはサンダースが「労働者階級の人々を見捨てた」と民主党指導部を批判、「民主党を支配しているのは富裕層や大企業、高給取りのコンサルタントたちだ」と痛烈に主張した。正論である。
選挙前の報道を見るかぎり、この結果は妥当なものだ。夏以降、日本のマスコミ陣は我も我もとペンシルベニア州に馳せ参じ、番組キャスターたちが(円安で高額となった旅費を会社が払ってくれる)役得の物見遊山を満喫しつつ、以下の現地情勢を伝えていた。①ヒスパニック票がトランプに流れている。②黒人票がトランプに流れている。③若者票がトランプに流れている。インタビュー映像を含めたこれらの現地取材を何度も確認していたから、11月の投票結果はトランプ圧勝だろうと私は予想していた。最終盤にアメリカの世論調査でハリスが猛追した「事実」は、ハリスを応援する米マスコミ主導の情報戦ではないかと私は疑っている。今回もまた、アメリカの世論調査の精度の低さが問題となったが、そもそも、両候補の支持率についての世論調査報道は、米国内と海外の属国民に米大統領選に関心を惹き付けるための道具だったのではないかという疑念を強く持つ。
政治の勝ち負けのゲームに関心を持たせ、そのことを通じて属国民がアメリカを知り、自らをアメリカ国民の一部と意識する教育(洗脳)をCIAが施すため、わざと接戦を演出し、面白いショーイベントに仕立て上げていたのではないか。とにかく、来る日も来る日も、この極東の国のテレビ報道は地球の裏側の大国の大統領選挙の報道に明け暮れ、「どっちが勝つか」と騒いで公共の電波を埋めていた。選挙権があるわけでもないのに、まるで自分のリーダーを決める重大な選挙のように報じていた。見ながら、ドイツやフランスなど他の国でも同じなのだろうか、韓国も同じことをやっているんだろうかと思い、もしそうならどの属国民も悲しいことだと感じた。このような体制になってもう20年近く経つ。属国化はどんどん甚だしくなり、NHKのニュースのスポーツの時間はMLBの話題ばかりだ。日本に住むアメリカ人が視聴者の主役として設定され、ニュース番組が編集されている。
民主党の岩盤支持層が離れた理由は明確で、インフレ・物価高による生活苦と現政権批判の民意である。今年、世界各国で大きな選挙があったが、ほとんど例外なくこの要因のために政権与党が選挙で敗北、英国とアメリカでは政権交代が起きた。韓国とフランスと日本では政権側が少数与党となった。年末の折にこの政治変動が総括されるだろう。このインフレ・物価高は、ウクライナ戦争勃発に伴う資源価格高騰が影響している。が、根本的にはそれ以前に、コロナ禍の経済対策でFRBが強力に量的緩和したこと、トランプ政権とバイデン政権が大規模な財政出動を行ったことが要因だ。マネー供給と需要が拡大し、労働力不足で賃金が上がり(日本を除く)、それが物価に転嫁された点も影響している。日本のインフレ率が各国よりも低いのは、賃上げがされてないことの反映である。財政出動がインフレを招いた問題は、サマーズがMMTと民主党政権の財政政策を批判する中で論及していた。
少し横道に逸れるが、インフレの原因はトランプが作ったのであり、民主党政権に責任転嫁するのは筋が通らない。この点は玉川徹が指摘していた。実は、トランプの経済政策(2016年からのトランプノミクス)は、安倍晋三のアベノミクスをそっくり真似たものである。大胆な金融緩和と機動的な財政出動。この二つは不況を好況に転換するためのインフレ促進政策であり、政府が市場にマネーを供給して需要を創出拡大する経済政策である。右のトランプも、左のMMTも、アベノミクスをモデルにしてこの政策を採用推進した。その結果、セオリーどおりインフレになった。問題は、アメリカでかくも熾烈なインフレになったのに、日本はなぜ金融と財政を原因とするインフレが起きず、資源価格(輸入物価)と為替(円安)を原因とするインフレだけで収まったかという点だ。それには種明かしがある。アベノミクスには成長戦略(構造改革)という三本目の矢があり、これがデフレ促進政策だったからだ。
アベノミクスの三本目の矢については、関心と議論が少なく、記憶もあまりないのが一般の現状だろう。が、具体的に中身を見れば、非正規雇用の無期限延長のルール改定とか、裁量労働制(残業代ゼロの合法化)の導入とか、労働者の待遇環境を悪化させ、賃金を切り下げる目的の労働政策ばかりが実行され、それに奇妙な”美名”が付されて通ってきた。このところ、日本は30年間実質賃金が下がって欧米は上がったというグラフがよく紹介されるが、これは自然現象ではなく、現実に労働政策が改悪された帰結である。三本目の矢は、実に純粋に竹中平蔵の新自由主義政策であり、大企業にこれでもかと優遇税制を敷いて補助金をバラ撒き、東京五輪の特需を割り当て、株価を吊り上げる目的の諸政策のオンパレードだった。そして、きわめつけのデフレ推進政策が消費税増税で、2014年に8%に、2019年に10%に引き上げ、消費と景気を冷え込ませた。アベノミクスはインフレ推進政策とデフレ推進政策のミックスだった。
アメリカ大統領選の結果を論じようとして、インフレの原因論に筆が進み、アベノミクスの分析に脱線してしまった。元に戻そう。ハリス敗因の大きな要因は、彼女自身のカリスマの不足にある。どう考えても能力不足が明らかで、資質が基準要件を満たしていなかった。それは否めない事実だろう。マスコミと受け答えする場面では、小泉進次郎と同じお粗末な珍対応が頻出し、本人の頭の中が整理されておらず、質問に回答するに十分な知識や思考が欠如していた。意味不明の発言は「言葉のサラダ」と呼ばれ、未熟さや拙劣さが際立っていた。われわれの通念では、民主党大統領候補というのは、切れ者の優秀なエリートで、ハーバード仕込みの刮目すべき能弁者だと相場が決まっている。JFKもB.クリントンもオバマもそうで、ヒラリーもそうだった。みな頭脳明晰で、さすがアメリカのトップエリートは違うと留飲を下げさせられる逸材が登場した。ヒラリーの説明上手は特に印象に残っていて、学校の先生が生徒に話すようだった。
民主党支持層の方が共和党支持層よりも学歴が高い。民主党支持層は、自らの知性の高さをプライドとしていて、それが共和党支持層を見下す優越感の根拠となっている。デーブ・スペクターなどの態度が露骨で典型的だ。その民主党支持層にとって、ハリスの「進次郎構文」的な稚拙と失態はショックだっただろう。ハリスには明らかに自信の無さが窺え、それはオバマやヒラリーやリズ・ウォーレンとは対照的だった。スピーチやトークに意思の芯が通っておらず、要領を得ないまま途中で萎れ、がははという無意味な笑いが割り込み、弁論が崩れて締まりなく終端した。それは、ハリス自身に持論や政見がなく、政治家としての信念と哲学がないからで、自身の主張に確信がない所為である。破綻なく論理を貫き通す自信がない証拠だ。説得と訴求に一身を賭ける情熱と素質がない由縁だ。あのハリスの無意味な(ゴマカシの動機からの)破顔は、物価高・金利高に苦しむ民主党支持者にとっては歯痒く苛立たしい絵だっただろう。代弁になってない。
ウェーバー的に言えば、ハリスは政治家としての「天職」に不適格な個性であり、指導者としてのカリスマ的資質を欠如させた人物だ。その不具合については、民主党指導部も不安を持っていただろう。その欠陥の事実は、副大統領の在任期間中に十分証明されており、3年半の間、ハリスが副大統領として活躍する場面と実績はなかった。ハリスは「お飾り人形」であり、バイデン政権で”多様性”の意義を象徴してアピールする広告塔の存在だった。本来ならもっと優秀で能弁な、いかにも民主党が選抜した俊英だと人々が納得する、「天職」的指導者の類型を副大統領に据え、高齢のバイデンの後継者に、あるいは病魔進行中のバイデンの非常時に備えるべきだっただろう。だが、4年前の民主党は多様性のイデオロギーを選別評価の基準とし、女性・黒人・アジア系の属性要素を優先させてハリスをポジションに抜擢した。ウェーバー的基準を押しのけて、誤った人選を決定してしまった。その戦略判断が裏目に出たのが今回の選挙結果に他ならない。
ハリスの資質貧弱と、それをもたらした過度の多様性主義への依拠の問題が、中林美恵子らから指摘されている。私は(客観的には左派の範疇に属するけれど)、その見方に静かに同調する立場である。ポリティカル・コレクトネスとか、アイデンティティ・ポリティックスとか、文化左翼の概念で括られる脱構築の政治思想と政治運動に対して、ずっと懐疑的で異議的な意見を保持し、しばき隊との厄介な闘争も含めて、その位置と観点からの言論姿勢を崩さなかった。つまり、文化左翼とか文化右翼 - そんな言葉があるかどうか知らないが ー を分類する座標系では、中立あるいは保守の側に立っていると自覚する場合が多い。具体的に言えば、ジェンダー・マイノリティ・LGBTの政治的争点に対して、相対的にニュートラルあるいはコンサバティブな認識であり、慎重派であり、その争点をラディカルに切り出され押しつけられる進行に賛同できない者だ。傍目には、新時代について行けない古い老人かもしれないが、その偏見と断定で結構である。
ポリティカル・コレクトネス、あるいはアイデンティティ・ポリティックスの脱構築の政治思想は、私の視角からは、少なくとも日本では「つぎつぎとなりゆくいきほひ」であり、21世紀の流行思想(輸入ファッション)に過ぎず、したがって丸山政治学の方法によって相対化され裁断される一対象に他ならない。22世紀以降も続く人類史の普遍的思想とは認められず、日本国憲法に「ジェンダー」の片仮名が明記される事態はないと思う。世界の人々は、いずれこの思想現象が一過性のムーブメントだったと悟る地平に至り、いま全盛を極めているリベラリズムが止揚された新しい時代に生きていると展望する。リベラルの契機はソシアルの契機によって中和され、個と全体がバランスよく調和される。資本主義・利己主義を規制するソシアリズムの理念が基軸となり、それぞれの国で伝統思想が見直され、個人中心ではなく共同体中心のマイルドな原理方向に移行し収斂して行くだろう。
今回のアメリカ大統領選の結果は、世界を支配し君臨していたポリコレ思想(リベラリズム)が、絶頂期を迎えて挫折した一瞬と測定できるかもしれない。アメリカこそポリコレ思想の王国であり、最先端を行くモデルの地である。そして、アメリカの分断の病弊にはポリコレ思想が深く関与している。表面的には確かに、分断を図り、分断を煽り、分断を利用しているのはトランプに違いない。が、思想的基底を正視すれば、躊躇と妥協のないポリコレ主義の全面化と優越意識が、性と人種の分断を激化させる因子となり、対立と不寛容を固定化し正当化する役割を果たしている面も否めない。人にはそれぞれ社会的常識があり、倫理規範があり、それは家庭環境や人生経験の中で内面化されたものである。その価値観がいきなり否定され、おまえは今の時代で異端で無価値な保守派だと決めつけられたとき、その人間にとってポリコレの潮流は「文化大革命」的なネガティブな圧力に映るだろう。
今回のアメリカの政治結果は、物価高と生活苦という経済的な矛盾と苦痛が、性や人種というアイデンティティの問題に勝って選択された事例だと意味づけることができる。言い換えるなら、マルクスを否定し超克するはずの脱構築のセオリーに対して、マルクス(土台問題)が逆襲して勝利を収めた政治的瞬間だと言える。黒人も、ヒスパニックも、若者も、白人女性も、経済問題を優先事項として選挙に臨んだ。一期目のトランプ政権下ではインフレがなく、トランプノミクスで株価が爆上がりし、さらにコロナ禍で給付金を大盤振る舞いして失業者を喜ばせていた。未曾有の物価高で喘ぎ苦しむアメリカ国民は、当時の記憶が懐かしく甦ったに違いなく、議会襲撃事件が発生してそれに直面した際の恐怖と反省は棚上げにしたのだろう。