見出し画像

ハイパーインフレと円暴落のリスク - 預金封鎖されたとき、株長者の口座残高は何処へ?

X(ツイッター)で見せびらかししている株長者が、儲けた数千万円のお金を複数の都銀の口座に移し、通帳表紙と預金残高の写真を披露し、こうやって財産を手堅く保全しているのだと自慢していた。証券会社の口座に置いたままだとリスクだが、こうやって儲けた利益を確定させておけば安心だろうと言うのである。手堅く賢い資産の運用と保全をやっているように窺えたが、それを見ながら、彼に向かって冷や水を浴びせる論点を思いついた。見せびらかしを不愉快に思う庶民の素朴な反論だ。それは、円もまた金融商品の一つであるという事実を理解しているのだろうかという盲点である。例えば、ある日、預金封鎖が行われたらどうなるのか。この問題は、8年前にNHKのNW9で放送され、ネット論壇で大きな関心を呼んで議論されたことがある。

NW9に登場して警告を発したのは、マルクス経済学者で当時91歳の林直道だった。Wiki を確認すると、今年1月に99歳で鬼籍に入っている。合掌。70年代後半、私が学生の頃、青木や大月から多く著作を出して活躍していて、まさに革新側の理論世界で一世を風靡していた論者だった。来年2024年には新紙幣への切り替えが控えているが、最近はあまり 円=日銀券 への危機感が言われる機会がない。そうした問題意識がすっかり背後に消え失せ、むしろ逆に、X(ツイッター)での株長者たちの儲け自慢の氾濫に典型的なように、円とドルへの信頼感と東京市場とNY市場にコミットする空気が満ち満ちている、金持ちたちの栄華の幸福感と永続感が時代を覆っている。株式市場の先行きに対する不安感が消え、タンス預金を株に変える行動こそが正義となっている。

しかし、ここで為替レートの推移を表すグラフを冷静に確認しよう。2020年は1ドル100円台だった。2021年には110円台前半だった。2022年は円安が進んで130円台から140円台となった。現在は1ドル147円(9/15)である。2009年から2013年の頃はずっと1ドル100円を割っていて、円高環境だから製造業は海外に出て行けとキャンペーンを張っていた。浜矩子が「去る者は追わず」と発言し、私はブログでその無責任を批判した。2011年と2012年は1ドル80円以下である。今の現状からは信じられない数字だ。円の価値は現在の2倍近くあった。わずか10年ほど前の話であり、だから、今、テレビ報道でアメリカの物価が高すぎると喚いている。アメリカの物価高騰は事実だけれど、それ以上に円の貨幣価値が激落しているのだ。

間もなく1ドル150円を突破するだろう。変動幅を均して感覚的に捉えれば、この約10年で1ドル100円から150円に下降したと言える。円の価値は3分の2に落ちた。円が1ドル100円だった頃、リーマンショックから欧州通貨危機の頃だったが、言われていたのは、公的債務が異常に巨大で金融リスクの高い日本で危機が発生した場合、1ドル200円の為替水準となり、日本国債が暴落し、ハイパーインフレに襲われるだろうという恐怖の予測だ。ヘッジファンド・マネージャーのカイル・バスが言説の発信源だった。そこから14年経ち、円は1ドル150円まで下落した。われわれは、眼前の物価高騰の現象をハイパーインフレとは認識していない。誰もその表象で把握せず、その概念定義を適用しない。けれども、実際に起きている現実は、スローなハイパーインフレの進行だ。

今の通貨と為替の情勢を鑑みれば、3年後に1ドル200円の線に到達しておかしくない。スーパーの食料品、ガソリンと電気とガス、それらの価格が今より133%上がっておかしくない。庶民の購買力がいちだんと落ち、生活レベルは今の4分の3に縮小する。実際には、おそらく税金や保険など負担増が積み上がるだろうから、日本人の生活水準は今の3分の2に貧窮化する。10年前と比較すれば2分の1になる。非常に厳しい予想図だが、多くの日本人がさらに円安が進むと想定し、その将来を前提に生きていて、円高に戻って1ドル100円になると考えている者は少ない。日本経済は悪くなるだろう、国際競争力を落とすだろう、という悲観論の根拠は、労働人口減にせよ、学力低下にせよ、技術開発力低下にせよ、研究開発費減少にせよ、貿易収支の構造的悪化にせよ、腐るほど溢れている。

という次第で、円の価値が劇的に落ちた過去数年間を顧み、さらに落ちる方向にある今後数年間を思い浮かべた。この間、一部は老後資金のために懸命にゼロ金利の預金を証券会社の投機口座に移し、株売買で残高が増殖するバブル景気を謳歌した。けれども、その儲けを都銀の普通口座に移し替えて確定させたとしても、その価値は日銀券の価値であり、インフレで目減りする一方の円の価値なのだ。1年間の投機で10%の株利殖を得ても、インフレで円が10%下がればプラマイゼロである。2年間で株で20%資産残高が増えても、インフレで20%下がれば同じである。増えていない。前回の記事で見たとおり、株投機家は、日本企業に決算利益を上げさせるために円安を望むのであり、政府に円安シフトの政策を要求する。それは富裕層の声でもあり、マスコミやネットマスコミで「公論」となる政策方向だ。

富裕層と投機家の求める声が「公論」となって政策化されれば、円安は止まらず、インフレはさらに謄奔の勢いを強める。株投機家の利殖は、タコが自分の足を食っている戯画と等しい。然らば、円は下落するからドル預金と米株投機にするかとなると、これも投機リスクが小さいというわけではない。ドルは絶対に破綻しないとは限らない。NY市場の暴落はないとは断言できない。08年にはリーマン危機を経験した。日本政府と日本銀行は信用できないが、アメリカ政府とFRBは信用できるとは、そこまでは確信し信奉できないのが、小口の日本人株投機家の心理だろう。円は危ないからドルに換えると、簡単に信仰を変えられないのが、資本主義の宗教の悩ましいところだ。仮にドル危機になり、ドル口座の預金引き下ろしに制限をかけられたとき、おそらく優先されるのは米国国民で、日本国民の権利は二の次だろう。

カイル・バスや藤巻健史は、1ドル200円の通貨下落(円の信用力失墜)をハイパーインフレと呼び、預金封鎖に至る断末魔の地平を予言した。テクニカルな政策面を言えば、政府と日本銀行は、預金1000万円までは保証して払い戻しの措置をする。ということは、それを超える口座残高分は不明という意味になる。保証が切れる。富保有の権利が消える。価値がバブルとなって蒸発する。元本保証のない金融商品資産は、口座へのアクセスが閉ざされ、小口保有者には何も戻ってこない。そもそも、株や投資信託を回している証券会社が潰れたらどうなるのか。X(ツイッター)で見せびらかしに興じている株長者は、自身の証券会社が破綻する想像をしたことがあるだろうか。その瞬間、資本主義の生命力が途切れ、1000万円までは政府が保証という非資本主義的なシステムになる。何やら労働価値説的な社会が出現する。

無論、以上はあくまで仮の悲観的想定で、一つの可能性であり、頭の体操の問題であって、科学的に確実な将来だと言うわけではないけれど。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?