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アメリカの内戦 - 民主主義から独裁体制に移行するアメリカ

8月26日に放送された報道1930で、アメリカの内戦について議論されていた。最近の世論調査では、「アメリカで近い将来内戦が起こると思うか」という質問に対して、民主党支持者で39%、共和党支持者では50%が「起こると思う」と答えているらしい。民主党・共和党の間での分断と対立が極限まで進み、それぞれの支持者の6割が相手を脅威だと思っている事実も説明された。この放送回は、FBIがトランプの邸宅を家宅捜査した直後のアメリカの不穏な情勢に焦点を当てた特集だったが、トランプ支持者がSNSでFBI襲撃を扇動する投稿を発信、「内戦」という過激な言葉が飛び交う状況に懸念が上がっていた。

昨年1月の連邦議会襲撃事件も、真相はトランプによるクーデター未遂であり、未遂に終わった理由は、トランプ本人が議事堂に行かなかった(護衛によって阻止された)からである。もしあのとき、暴動の先頭にトランプが立って指導していたら、各地で極右民兵のミリシアが蜂起して州政府と州議事堂を攻撃・占拠し、鎮圧に向かった州兵と衝突して流血の惨事になっただろう。明らかにトランプは暴力による奪権を図っていて、それを国家権力の不正(選挙不正)を正す人民の正義だと訴えていた。トランプ支持者は、その行動をアメリカ独立宣言に基礎づけられた革命権の思想によって正当化していて、暴動をアメリカ民主主義の本来的発現だと定義づけている。

内戦の危機

その図式は現在でも変わっておらず、延長線上に10月28日の極右暴徒によるペロシ自宅襲撃事件があり、緊張状態が続く中で中間選挙を迎え、今も開票作業が進んでいる。中間選挙の結果が、トランプのアピールとスタンドアウトが逆効果になったという解説はそのとおりだろうが、民主党支持者たちの恐怖感という深刻な要素にも、もっと目を向けるべきだろう。今回の中間選挙は、いつもと違って、2年前の大統領選挙と同じ熱量とボルテージが再現される政治戦となった。通常であれば、政権与党批判 - 今回はインフレ批判 - の世論の流れで野党共和党に順当に風が吹くところを、その進行にはならず、2年前と同じガチンコの拮抗となった。

それにしても、アメリカで内戦の危機が言われている現実は、常識で考えて理解から遠い話ではある。普通は、経済発展が遅れ、民主主義の制度や経験が不十分な国々、アフリカや中南米や中東などの途上国でそれは起きるものである。イエメン、ソマリア、エチオピア、シリア、ミャンマー、等々、貧しい国々で内戦が発生して継続する。そこに国連が救援の手を差し伸べる。それが世界の内戦の通念だ。世界最強の民主主義国であると自賛し、富が集中し、圧倒的な経済力と軍事力で世界を支配している21世紀のアメリカが、内戦の一歩手前というのは、どうにも常人の理解を超えていて、不思議な現象過ぎて狼狽を覚えてしまう。

ウォルターの『How Civil Wars Start』

今年1月にバーバラ・ウォルター(UCSD)が出した『How Civil Wars Start』(いかにして内戦は始まるか)という本が注目を集めていて、日本での翻訳書は未刊だが、ネットでは話題になって各所で書評が載っている。いずれマスコミに登場するだろう。ウォルターは非常に興味深い指摘をしていて、アメリカの現時点を「初期の紛争」段階だと位置づけている。また、アメリカの今の政体を民主制と独裁制の中間的なカテゴリーである「アノクラシー」だと定義づける提唱をしている。anocracy という概念でアメリカの政治形態を分析・総括した。有意味な政治理論だ。「民主主義と独裁的特徴を混合するレジーム」だと wiki の説明がある。

ウォルターがCIAのアドバイザー(諮問委員)だという点も見落とせない。どうやらウォルターは、CIAから委託され、CIAの一員として任務遂行の一環でこの研究書を纏めたようで、すなわち単なるアカデミーの学術研究ではなく、きわめて実務的で実践的な国家の要請に応じて提供した政策理論の成果である。ルース・ベネディクトの『菊と刀』と似た性格と背景の作品と言える。つまり、CIAはアメリカの内戦を予想し、蓋然性の高い未来の現実と考え、それに対処する態勢を検討しているのであり、内戦を抑止あるいは制御し、国家の安定を保全する戦略の策定に着手しているのである。アメリカは戦略の国だ。その基礎理論としてウォルターの研究が採られている。

アノクラシー - 民主制と独裁制の中間政体

気になるのは、ウォルターの考察の中心に独裁制の契機があることである。一般に、アメリカの内戦がどのように起こり、どう進展して決着するかを想定すると、次のような図式が念頭に浮かぶ。①民主党と共和党の分断対立が極致に達し、選挙の方式では政治解決が困難となり、双方の過激派が衝突して相手を暴力で屈服させようとする。②衝突が激化し日常化し広範化し、既存の治安警察機構では統制できない状態になる。③二つの軍事勢力が合衆国の主権を主張する破局に至り、南北戦争的な内戦の対峙になる。④二つの勢力が支配地域を固め、ブルーステートとレッドステートが二つの議会と二つの政府を持つ。その二つが朝鮮戦争のような戦争をする。

こういうイメージで内戦を思い描いたとき、その表象の中には、独裁制という問題は積極的に入ってこない。だが、一つの国家が二つの勢力と地域に分裂して戦争するのだから、当然、どちらの側の統治も独裁的(非民主的)な中身になり、現在保障され享受されている自由と民主主義の権利は形骸化するだろう。ウォルターは、その点をもって独裁制の問題を立論しているのかもしれない。一方、私は、別の方向性を想像していて、CIA自身が、アメリカを独裁制にすることを着想し、そのことによって内戦を未然に防ごうとしているのではないかと懐疑している。選挙や議会の立法権を制限し、つまり、言うところの権威主義とか専制主義の国家体制に、アメリカ自体を編成替えすることを思惑しているのではないか。

トランプとイーロン・マスクの理想の政治モデル

実際のところ、トランプがあのクーデターを成功させた暁には、アメリカは独裁の政治体制に変わって行っただろう。習近平が北朝鮮を理想のモデルと考えているように、トランプは中国やロシアをより効率的で機能的な政治体制だと評価していて、社長が何にも邪魔されず会社を自由に経営できる合理的なモデルだと思っている。過激なリバタリアニズムを政治に適用した地平に、民主制を否定して独裁制を正当化する野蛮な本音の態度がある。イーロン・マスクも基本的に同じ発想だ。われわれの視線からは野蛮だが、トランプはそう思っておらず、自分こそ最高にエクセレントなリーダーだと信じている。神に選ばれた優秀有能な人間だから大富豪になれたのである。資本主義の思想だとそういう解釈と観念になる。

一つの直観的見通しとして、アメリカは選挙の意義を認めなくなるだろう。選挙をやればやるほど分断と対立が深まり、憎悪が増殖し、言論空間が暴力の扇動で埋められ、衝突と内戦の危機が高まる。民主党と共和党が口喧嘩と金集めで争う選挙イベントに人々は意味を見出せなくなり、投票で民意が反映される代議制システムに対して主体的コミットができなくなるのではないか。直接行動=革命暴力の価値づけが浮上し、混乱を重ねる中で独裁制が展望されるところとなるはずだ。アメリカは、自分たちが自画自賛して世界に宣伝しているデモクラシーから離れて行く。そこから脱皮して(今はさんざん悪罵し貶下している)中国やロシアの政治体制に近づく。アメリカの政治状況とウォルターの理論研究は、そういう弁証法的将来像を予感させる。

世界と東アジアはどうなるか

アメリカの内戦が現実になったとき、東アジアや世界の政治情勢はどうなるだろうか。南北戦争と同じ内戦が再現された場合、アメリカ合衆国は分裂し、二つの軍事勢力が文字どおり血を流して戦う展開になる。米軍も二つに割れる。本来、国家統治の暴力装置である軍が二派に分かれ、ロシア軍とウクライナ軍のように互いを殲滅し合うことになる。この軍隊は「世界の警察」でもあり、民主主義陣営・西側陣営を守る軍隊でもあった。アメリカ国内が内戦になれば、当然、米軍は「世界の警察」としての責務を果たせなくなり、「唯一の超大国」の地位を守る物質的力ではなくなる。CIAが恐れているのはその悪夢であり、だからこそ内戦を未然に防ぎ、国家の統合をどう果たすかの戦略を入念に設計しているのだろう。

東アジアはどうなるか。現在、アメリカは2027年までに台湾有事を起こす計画で準備を着々と進めている。この工程表は、前太平洋軍司令官のデービッドソンが21年3月に発表し、現在まで戦略指針として生きていて、14日のNHK-NW9に出演したアーミテージも念押しした。5年後には開戦している。が、アメリカが突如として内戦状態に陥ったときは、この戦略は破綻し挫折するのは間違いない。国内で内戦が現実になれば、中国との戦争どころではなくなる。同盟国の日本も、米軍が参加しないのに台湾防衛のために中国軍を攻撃するなどあり得ず、すなわち沙汰やみとなり、自民党政権も日中友好に回帰するようになるだろう。小泉政権以来の、20年以上長く続いた反中反共の路線を転換せざるを得なくなる。日本の政治も経済もマスコミもすべて変わる。

アメリカ没落のリスクと帝国の維持

アメリカの内戦など、ただのネタ噺であり、暇つぶしの戯言だと誰もが思っている。だが、世の中、何が起きるか分からないもので、一寸先は闇だ。その真理は、7月の事変を目撃して痛感させられた。内戦だけではない。アメリカには金融恐慌と大不況のリスクもある。その場合も、順調に動かしている台湾有事の計画は修正または中止を余儀なくされるだろう。確率を考えれば、内戦勃発よりも金融恐慌の方が可能性が高い。ただ、心配なのは、金融恐慌と世界不況にせよ、アメリカ内戦にせよ、そこに至ったとき、CIAが権力を掌握して独裁移行に成功し、外征(対中戦争)による国家統合と混乱収束を選んだときだ。そこに向かう(第三次世界大戦となる)可能性が高いのではないかと悲観する。

8月26日放送の報道1930では、アメリカで暴力を容認する世論が増えている問題に焦点が当てられ、「政治的問題の解決に暴力を使ってもよい」と答えた世論調査の割合が、民主党支持層で42%、共和党支持層で45%に上っている事実も紹介された。暴力による解決。すなわち、民主的な対話や説得のプロセスや投票と多数決によるデシジョンメイクではない、ザッハリヒ(即物的)な方法である。暴力による解決を受け入れる政治的な感性や思考は、そのまま独裁制のシステムを受け入れる態度に繋がるだろう。次回、その問題について考えたい。アメリカ人は、口先ではデモクラシーを賞賛しつつ、身体はそうではなくなっている。対話や説得や多数決による政治ができない不全な社会になっている。





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