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ペロシ訪台と中国軍事演習の情勢 - 消えた中島恵の中国情報

ペロシ訪台を機に起きた今回の中国の軍事演習と緊張について、客観的な立場からの報道や解説がない。テレビに出て発言するのは宮家邦彦や小野寺五典のような右翼ばかりだ。日本のマスコミで「公論」化した中国叩きの口上を垂れ、中国との戦争のための準備を整えよと扇動する結論で終わり。憎悪をベースにした準戦時モードの言説が流される。今週は、原爆の日(8/6・8/9)と終戦の日の中間の時間帯で、本来ならこの国が最も平和主義の思想に包まれ、国民が反戦への誓いを新たにするときだ。

一年中でいちん暑いこの時期に、一年中でたった一度だけ、保守を含めた市民全体が憲法9条に接近する。日本国の基本と原点について思い知る。ジブリ映画『火垂るの墓』が流される。だが、今年は全くそうなっていない。10日に改造内閣を立ち上げた岸田文雄は、あろうことか「有事に対応する政策断行内閣」と銘打った。有事とは、「戦争や事変など、非常の事態が起こること」である。岸田文雄の「有事」が「台湾有事」を意味しているのは明白で、中国との戦争に対応すると宣言している。

この内閣は中国との武力衝突の事態に備えた内閣だと、立ち上げ時に首相が自ら内外に宣告した。前日に長崎平和祈念式典で、「恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを改めてお誓い申し上げます」と言ったその舌で、新内閣は有事対応内閣だと言い放った。この欺瞞と厚顔に対して、マスコミは何も掣肘するところなく見逃している。「有事内閣」を批判しようとしない。マスコミもまた、岸田文雄と同列にあり、中国との戦争を必然視して、それへの対応を国家の必須の課題と考える立場だから、そこに何も違和感はないのだ。

通常、自民党政権は1年の年限で改造をする。それが慣例になっていて、秋国会前の9月にオーガニゼーション・チェンジを行う。大臣の任期は1年で、派閥がポストを年功順送りで議員に与えていく。待機組が初入閣する。この第2次岸田改造内閣も、期限は1年である。政権が安泰であれば、来年9月に改造して新たな内閣になる。ということは、今回のキャッチコピーの「有事に対応する」は、今後1年のこの内閣の任務と目的を言い上げたものだ。すなわち、この1年間で対中戦争への態勢整備の断行が目論まれている内実が分かる。

不思議で不満なのは、ペロシ訪台と中国軍事演習の緊張について、右翼以外の論者から議論がないことだ。例えば、田岡俊次や前田哲男などのリベラル系の軍事評論家である。80歳と83歳。二人とも高齢で体力がないのだろうか。私も高齢者に仲間入りする年となり、長い記事を瞬発的に書き上げる体力がなくなった。80歳と83歳の人に無理をお願いするのは酷のようにも思われる。が、二人より若い世代を探しても、適当な候補が思い浮かばない。統一教会問題で彗星の如く登場した鈴木エイトのような人材が、対中関係や台湾有事の論評で出現してくれないだろうか。

中国との外交安保に関わる問題で、右翼に対立して反論する論者の姿が消えてなくなった。東アジアの情勢についての議論は完全に一色に染まっていて、アメリカの戦略を肯定し、日米同盟の論理と視点に乗っかったものしかない。中国は敵国であり、討滅すべき国際社会の敵であり、今は開戦前夜である。一刻も早く戦争態勢を整えねばならず、邪魔な憲法9条を変えなくてはならない。それが現在の国論であり公論だ。最早、異論はなく、論争はなくなった。憲法9条や72年日中共同声明の基本原則を言う者がいない。大平正芳の「一衣帯水」の旗を立て、地に踏ん張る者がいない。

お気づき者はいるだろうか。最近、中島恵の中国関連の記事が Yahoo のトップページのニュース一覧から消えている。昨年までは月に一回ほどの頻度で掲載され、屡々注目されて5chなどで話題になっていた。最近の記事で印象に残っているのは、2年前に上がった「中国の日本風夏祭りのブーム」の記事で、そのレポートに驚かされたものだ。中国で日本の夏祭りのコピーがイベントとして流行っていて、屋台の露店が出て、女の子が浴衣姿で歩いている。日本人がクリスマスやハローウィンなど欧米の季節の催事を生活文化に根づかせたように、中国が日本の文化を精力的に摂取・導入している。

現代中国の文化風俗のトレンドを紹介し、特に中国人の日本文化への傾倒の強さに焦点を当てた中島恵の記事は、最悪の状態となった日中関係の中で一服の清涼剤の感を放っていた。日中の政治的緊張を大衆レベルで気分的にやわらげる情報発信であり、貴重で有意味な効果をもたらしていたと言える。マスコミが振り撒く中国憎悪の感情を薄め、日本人が中国に好感を持つ契機となり得る材料の提供だった。Yahoo がそれを陳列していたことも、ある種のバランス配慮の政治だったと考えられる。中島恵の記事の消えたことは、戦前、ハリウッド映画が配給停止になり、野球の「ストライク」が「よし」になった歴史を想起させる。

気になって検索で調べると、中島恵の最新記事があり、「中国の夏祭りが『反日感情」で続々中止に」なっている事情が書かれていた。残念なことだが、国家の関係は相互的なものであり、日本でハリウッド映画を禁止して鬼畜米英を言っていた頃は、アメリカでも日本人を強制収容してジャップ叩きのプロパガンダを煽っていた。もともと、中国の若者の日本文化への傾注は、中国政府が政策として促進した流れの結果であり、それは中国の消費水準を引き上げ、製品の品質と付加価値を上げるために行われた経済戦略の副産物だ。マンガやアニメを自前で制作する技量を養うために推進されたものだ。

合わせて、そのムーブメントによって日本人の中国への見方が少しでも好転し、20年間に積み重なった中国への憎悪と敵意が改善されることへの期待もあっただろう。だが、中島恵の最新記事を見ると、従来とは逆の流れが起きていて、暗澹とした気分にさせられる。プノンペンで予定されていた日中外相会談を中国がキャンセルし、日本がG7共同声明で中国の軍事演習を非難したことに猛反発したことも、この「夏祭り中止」の逆流傾向と無縁ではない。中国に内在して言えば、我慢の限界を超えたということであり、中国における日本の位置づけと序列が下に変わり、日本への愛想はやめたという意味だろう。

台湾有事の問題については、昨年4月に何本か記事を書いている。今読み返しても古くなく、正しく有意味な分析と考察を提供していると確信する。以前から論じているように、台湾有事とは、アメリカの側から仕掛けてきた軍事外交戦略であり、中国の体制(CPC)を打倒し国家(PRC)を崩壊させる大きな目的と方針の下で策定され実行中のプログラムだ。19年10月のペンス・ドクトリンの演説から始まり、バイデン政権に変わっても引き継がれ、精緻で巧妙な工程表に落とし込まれて着実に進行している。対中国の本格的な戦争が予定されていて、そこへ至るプロセスとして台湾工作が設計されている。

昨年3月に前インド太平洋軍司令官のデービッドソンの口を通じて、「6年以内に台湾有事」というスケジュールを発表した。クアッドとオーカスを組織し、IPEFを結成し、中国を挑発しながら、ブリンケンらしく有能に着実に歩を固めている。アメリカは繰り返し「一つの中国」の基本は守ると弁明しているが、これは口先だけのウソであり、佞悪で狡猾な詭弁である。現実の行動は「二つの中国」を既成事実化する一挙一動であって、台湾独立へ向けての環境作りに余念がない。アメリカと西側の高官を訪台させ、事務所を台北に設置し、事実上の外交関係を深め公然化させている。軍事顧問団まで送り込んでいる。

アメリカの対中国戦略の動機は、21世紀も覇権国の地位を守ることであり、このまま中国の経済的軍事的発展を座視すれば、中国に覇権国の地位を奪われてしまうため、それを阻止しないといけないからである。このことはアリソンの本の中によく書かれているし、一般論として公知の中身だ。だが、日本のマスコミはこの重要で本質的な背景を語らず、また、台湾有事が一貫してアメリカ側から仕掛けられた策動の上に積み上がった情勢である事実も言わない。そもそも、台湾は中国の一部であり、主権は中華人民共和国に属し、それが「一つの中国」の意味であり、アメリカもそれを認めてきた。

1979年にアメリカは台湾と断交し、台北のアメリカ大使館を閉鎖している。ペンスドクトリン以降のアメリカの台湾への干渉は、それがどれほど台湾市民に歓迎される行動であっても、中国との約束を破る国際法違反である。そして、東アジアを戦争の不安に導く行為だ。中国の側は、そのアメリカの動きを警戒し牽制し、中止するよう強く要求してきたが、アメリカに方針撤回の余地がないことを悟り、対抗して軍事的に台湾有事に臨む姿勢に変わった。今年から明確にそうなった。今、中国とアメリカの間には外交チャンネルは存在しないという説明になっていて、いつでも中台衝突が起こり、米中紛争に発展する可能性がある。

その意味で、台湾有事は、最早、アメリカが一方的に工作や作戦を仕掛けている現状構図ではなく、双方が対峙し手を出し合う一触即発の段階に入った。中国の方も戦争覚悟で対策の計画を立てる進行となった。黙って見ていれば押されるばかりで、アメリカの主導権で着々と既成事実を積み上げられる。アメリカの老獪な外交で翻弄され、気がつけば西側諸国すべてが「二つの中国」で動く状況となってしまう。台湾を国連加盟させようという事態に持って行かれる。ウクライナ戦争はアメリカの台湾工作に絶好の条件を与えており、中国の焦燥は甚だしいものがある。

中国にはソフトパワーがなく、国際社会で協力を得る味方陣営もなく、結局、軍事力で物理的に干渉を排除して「一つの主権」を守るしかない。宮本雄二が指摘していたが、武力に訴えて事を動かす方法と選択しかない。他に策を打つ前提たる力がない。ペロシ訪台で現出した恐怖の米中チキンレースは、今後、さらに危機の度を増して延長戦が繰り返され、どこかの時点で自衛隊も参戦する第三次世界大戦になるだろう。それを止める機会は、アメリカで衝撃的な混乱と決壊が起きるか、中国の政治が劇的に変わるかしかない。他力本願で平和を祈るしかないのが実情だ。


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