ヨンゴトナキオク50 万博と原発とウクライナ
3月14日といえば、世の中的にはホワイトデーで喧しい。この間は、私も夫が職場でいただいたバレンタインのお返しを選ぶのに付き合った。あげる方も義理にお金を使うだけで負担をかけて申し訳ないし、もらう方もチョコレートに喜ぶ歳でなし、それでもホワイトデーという名の義理にまた出費する。どちらもあまり楽しくはない。これって本当に必要?結局、市場原理の中で気を遣い合っている庶民よりも、お金を使わせる側の勝利しかないような気がする。とはいえ、コロナからこっち、財布のヒモも人の心も厳しくなって、売る方にもそれほどの勝算はないのかもしれないが。
同じ3月14日でひもとくと、1970年に大阪・千里で開催された万国博覧会、略して大阪万博が開幕したのが、3月14日(土)だった。当時は一般的にまだ土曜日は休みではなかったはずだけど、万博では松下館も出し、当時から大阪経済を牽引していた松下電器(現パナソニック)が1965年から週休2日制を導入していたそうなので、創業者・松下幸之助さんの肝入りもあったのだろうか。翌日の15日が「仏滅」だったから、「友引」という験も担いだのかもしれない。とにかく、高度経済成長の象徴であった大阪万博は、この日かくも賑々しく開幕した。
当時私は小学4年生。オープニングセレモニーの様子はTVで観たに違いないが、記憶はない。実際に行ったのは、夏休みにたった1度。家族5人で出かけたものの、メインのパビリオンは長蛇の列で、その最後尾に並ぶには暑さが耐えられないし、人は多いしで疲れ果て、結局すいていたガーナ館に入り、熱いココアを飲んだというイケてない思い出(本場のココアはおいしかったはずだけど)と「こんにちは、こんにちは〜」と歌う三波春夫さんの笑顔だけがやけに残っている。この万博のテーマは、「人類の進歩と調和」だった。今でも語り草になっているのは、今はなき、三洋電機が発表した人間洗濯機。あとはアメリカ館のアポロ計画の成果である月の石、それに対抗するようにソ連館はソユーズ時代の宇宙船、宇宙服、ガガーリンの写真などが展示されていたとか。今思えば、ちゃっちい気もするけれど、実際を見ていないのでわからない。現在、万博の跡地は公園になり、大阪周辺の人々の憩いの場となっている。そういえば、いつだったか、公園内の梅園を歩いていたら、フランス館と書かれた石のプレートを見つけた。フランス館は、フランス人の生活と、そのベースにあるバカンス文化の効用を伝える展示が行われていたそうだ。今でこそ、有給休暇も取りやすくなっている傾向はあるけれど、「働かざる者食うべからず」が当たり前だった当時の日本人には、夢のように眩し話だったことだろう。
あれから半世紀以上。確かに、人類の科学技術的進歩は果たしたかもしれない。しかし、調和はどうだろう。皆さんはご存知だろうか。この同じ日に、日本の原子力発電がスタートしたことを。偉そうなことを言っているけれど、私もこのたび初めて知った。日本原子力発電が福井県駿河市に開設した原子力発電所によって1970年3月14日に営業発電が開始された。そこで生まれた電力は、この万博に初送電されたという。万博の開会式では「原子力の灯がこの万博会場へ届いた」とアナウンスされたといわれている。別に偶然ではなさそうだ。つまり、原子力発電は万博の開幕式に間に合わせることを至上命題にした開発なのだ。夢のエネルギー、原子力。そのわずか25年前に、広島や長崎を原子爆弾によって壊滅的な敗戦の苦渋を強いられた日本が、非核三原則を打ち立てる一方で「人類の進歩と調和」を錦の御旗に、平和利用としての原子力発電事業に手を染めた、まさにその時だった。
その後、もちろん私たちは原子力発電の恩恵を多いに受けた。しかし、1979年3月に起きたアメリカのスリーマイル島原子力発電所事故、1986年4月に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原子力第4発電所事故を経ても、日本ではイケイケどんどんで原子力発電の開発が進んでいった。そしてついに起きてしまったのが、2011年3月11日の東日本大震災の津波による福島第一原発事故だった。
1989年のペレストロイカにより、社会主義が崩壊したソ連から1991年に独立したウクライナ。いま、ロシアが非人道的な侵攻を進めているウクライナにチェルノブイリ原発があるということを、私は初めて知った。現在もウクライナのエネルギー政策は原子力主体で、その依存度は世界第3位だそうだ。史上最悪と言われるチェルノブイリの事故を経験しても、原子力に頼らざるを得ないウクライナ。それがアキレス腱でもあったのだろう。ロシアというか、プーチンがこれほど強気にウクライナを攻撃するのは、最終的には現在15基ある原子力発電所を攻撃対象にすることも辞さないという思いがあるからなのかもしれない。本当に恐ろしい。チェルノブイリ事故の最大の被害国は実は隣国ベラルーシなんだそうだ。そのベラルーシはロシアの同盟国。そして、ロシアの天然ガスに依存する西ヨーロッパ諸国。何という不条理だろう。
「人類の進歩と調和」を唱えてから52年。大阪では、あの日の夢をもう一度とばかり、2025年に再び万国博覧会の開催が計画されている。大阪だけでは賄いきれず、関西の府県も巻き込みたい下心ミエミエの「大阪・関西万博」というネーミングで進められているが、会場はバブル時代に大阪湾岸に造られながら、未だ使いみちのない人口島、夢洲。そこにIR(統合型リゾート)、早い話がカジノを誘致し、一大国際観光拠点にしようと目論まれている。けれども、2020年以降のコロナ禍で財政はひっ迫。当初以上の借金を投じて地下鉄の延伸が計画されていて、市長は「リターンが見込まれた先行投資だ」と開き直っていたけれど、府知事に至っては、どんなに深刻なコロナの記者会見でも「EXPO2025」が印字されたジャンパーを欠かさない。もはや知事のユニフォームと化している。未曾有の社会状況で本当なら万博どころではないはずだけど、無理やり東京オリンピックをやってのけた日本だから、反省も後戻りもない。とにかく開発ありきの計画で、食い物にされ、泣きを見るのはいったい誰だろう。しかもこの万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」。そんな歯の浮くようなテーマにどんな意味があるのだろう。世界が、原発事故の後始末もできず、コロナも収束できず、目の前にあるウクライナの人たちの危機を救うこともできずにいるのに。この万博のロゴマークを見ると、皮肉にも、どこを見ているか分からない無責任な感じがうまく表現されている。
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