目を閉じて
1890年、オディロン・ルドンは「目を閉じて」という題の絵を描いた。本当は画像を入れたかったが、フランスの著作権をよく知らないので文章だけの説明になります。すいません。
それでどんな絵かというと、男とも女ともつかない中性的な顔立ちをした長髪の人物が、半裸で水面から肩より上だけを出して、ただ目を閉じてるというもの。
色調は全体的にぼんやりと暗めで、そして水彩画のように淡い。しかし夜明け直後のようなかすかな明るさも感じられる。
ときに心と作品とはついたり離れたりする。その日の心持ち次第で、大好きだったはずの歌が全く雑音にしか聞こえない日がある。楽しい歌でこれっぽっちも楽しくなれない。無責任に楽しいことが、無残にもその日の心境をむき出しにさせたりする。
ところが、この絵は不思議なことにいつ見ても私の心との乖離がない。目を閉じたその被写体のあまりの抽象さによって、私の心のなかのことがあらわにそのままとなって絵に投影される。まったく心の写し鏡のようなのである。私とこの人とで全く同じことを考えているような、そんな水に溶けるような親和性がある。
それともうひとつ。この絵はルドンが絵に色を取り入れ始めた作品なのだ。それまで、この人は水木しげるの妖怪大辞典にでも出てきそうな、不気味だがどこかコミカルなキャラクターたちを白黒で描き続けていた。それが、ようやく白と黒の世界から出ることを決めた時期のものなのである。殻に閉じこもってばかりの私には、励まされるような絵でもないこの作品がそれを知って妙に印象深い。 今の環境にあぐらはかかない。ルドンはそうした。私もここから必ず出る。
そして、殺風景だった生活の景色も徐々に色を付け始める。季節は春だ。