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玄関を開けるとそこには狸がいた
多めの雪が降った翌朝、玄関を開けるとそこには狸がいた。想像を超えすぎていて、「うぉ」と声が出た(三十九歳男性からは、驚いても小さな変な声しか出ないらしい)。
その狸は、タヌキというより狸で、意志を持って玄関先に立っているようだった。恩返しか復讐でもしにきたの、と、少し笑ったが、よく見ると、細かく震え続けていた。指先は怪我をして、腹は(ぱりんこほどの)やや大きい円形で毛が抜けていた。
どうしようか、困ってしまう。近づいても逃げていかないし、玄関先から動こうともしない。野生動物はもっと臆病なはずだし、人間と鉢合わせたら逃げていくべきものだろう。昔、人間に餌をもらっていたことでもあるのだろうか、よっぽどお腹が空いているのだろうか。
野生は野生であるべきという考えが頭に過り、妥協としての段ボールと敷き藁を用意して、玄関先に置いてみた。餌は、あげられない。
夕方になり、静かに少しだけ扉を開けて頭を出し、狸を探してみた。段ボールに収まった敷き藁の上で狸は丸まり、震えながら寝ていた。
少し離れた勝手口の土間には、犬のカロンが全く同じ格好で丸まっている。栄養バランスの完璧な餌を与えられ、土間にも入れてもらえている。同じ茶色の中型哺乳類なのに、そこには大きな環境の差があって、しかし僕はその差を埋める判断はできなかった。
この家は、外と内の境が曖昧だ。家に蛙は侵入するし、室温は外気温と変わらない。形式的に壁はあるけれど、あまり壁として機能はしていない。だから、余計に僕らはその境を考えさせられる。壁よりもっと見えづらい壁、動物と家畜、家畜とペット、ペットと人間、人間と人間、の壁。
しばらくして、子どもたちが帰ってきたので、狸のことを伝えた。長男は、その後もたぬきのことをずっと気にかけていて、1時間おきに「狸ってまだいるかな」と尋ねてきた。
翌朝、狸は段ボールから居なくなっていた。山へ帰ったのだろうか、少し安心して玄関の片隅に目を遣ると、そこで狸は死んでいた。
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